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世の中の観察日記

世の中を見て、思ったこと・考えたことを自由につづって参ります。このブログを読んでくださる方々と、「安心」を共有することを望んでいます。

「これからも生きていく力」について。

自殺の阻止

今日は、「これからも生きていく力」について、

述べさせていただこうと思います。

 

私は、生まれてから今日まで、

有形無形の力に支えられ、

生きてくることができました。

 

たくさんの優しさをいただき、

愛情をいただいてきました。

 

だから私は、

これまでに自分の身に起きた、私なりの困難を乗り越えて、

今日を迎えることができているのだと思います。

 

時に、努力をした自分のことを認めたいと思いますが、

努力することができたのも、くじけなかったのも、

過去に、「私に優しくしてくれた人がいた」

という記憶があるからできたことなのだろう、

と思ったりもします。

 

振り返れば、

これまで私たちが生きてくることができたのは、

たくさんの命を受け継ぎ、

たくさんの命をいただいてきたから、

ということは、多くの方々が思われていることと存じます。

 

受け継いできた命、もうすでにいただいた命を思うと、

自分に困難なことが起きても、

自分の一存で、生きるのをやめるという選択はできない、

「生きよう」と思うことが「礼儀」である、

と思えて参ります。

 

優しくしてもらったこと、

命をいただいてきたこと……

このような記憶は「とても強い力」となり、

このような記憶のある限り、

人に、私に、「これからも生きていく力」がある、

と私は思います。

 

しかし、世の中には、

親から虐待を受け、

周囲からも助けてもらえずに育った場合など、

人に優しくされていない、

愛情をもらった記憶はない、

という方がいらっしゃることと思います。

 

そして、

「これからを生きていく力」を感じることができない方も、

いらっしゃることと思います。

 

そのような方々に向けて、

私が愛読する加藤諦三先生の本には、

次のようなことが書いてあります。

  そういう人は誰の助けもなく今日まで生きてきた。そのことのもの凄さを理解していない。

 小さい頃、体を壊しても、壊したということに誰も気がついてくれなかった。自殺未遂をしても誰も気がついてくれなかった。

 どんなに困っても相談する人はいなかった。

 ……たった一人で生き抜いてきた。そのことをあらためて自分に確認することである。(『「怒れない人」の心理』(P234・235)

 

また、『自立と依存の心理』という本には、

  母なるものを体験しなかった者が、心の支えを得るためには、自分は「愛されなかった」という事実を正面から受け入れなければならない。

 が、同時にそれを「自分は厳しい環境で鍛えられたのだ」という誇りに変える必要がある。……その厳しさに鍛えられながら、とにかく今日まで生きてきたということを誇りにしなければならない。

 それが誇りに変えられたときに人は変わる。(P114)

 

 母なるものを持った母親とのコミュニケーションで生まれるエネルギーがないのに今まで生きてきた。

 その自分のエネルギーを信じることである。

 冷静に考えれば「私は凄い」と気がつくはずである。(P116)

 

「よくここまで戦った、私は凄いな」と気がつけばよい。(P127)

 

つまり、加藤諦三先生は、

これまで誰からも優しくされてこなかった。

愛されてこなかった。助けてもらえなかった。

それでも、この厳しい環境を生き抜いてきた。

そのようなあなたは「凄く強い人」なんだ。

そして、その鍛えられた強さを「心の支え」にすればいい。

と本の中でおっしゃっているのです。

 

私も、そのようなあなたは「凄く強い人」だと思います。

 

私は、そのような強さに、魅かれます。

 

「厳しい環境を生き抜いてきたこと」を「誇り」に変えて、

そして、これからも生きていく中で、優しさに出逢う度に、

ますます、もの凄く強い人になっていくのだと思います。

 

すでに優しさを受け取ってきた人も、

そうではなく、これからという人も、

今日まで生きてきた人は、皆、

「これからも生きていく力がある」

と私は思います。

 

 

お読みいただきまして、どうもありがとうございました。

 

引用文献

『「怒れない人」の心理』加藤諦三 PHP研究所

「怒れない人」の心理 隠された敵意は悩みとなって現れる (PHP文庫)

『自立と依存の心理』加藤諦三 PHP研究所

自立と依存の心理 (PHP文庫)

「今日の私」について。

ごあいさつ 私事

2017年を迎えてから、7日目となりました。

 

松の内」(お正月)は、

元旦から「7日まで」という地域と、

「15日まで」という地域があるそうですね。

 

私の住む地域(関東)は、1月7日までです。

 

ですので、(もう夜でもありますが)

ごあいさつをさせていただいてもよろしいでしょうか?

 

「皆様、あけましておめでとうございます」

 

そして、昨年、当ブログを気にかけてくださいました皆様、

どうもありがとうございました。

 

また、本年も、ブログを通じての和みと学びの時間を

楽しみにしております。

 

新たな年が、どなた様にとっても、

ステキで、すばらしくて、

心明るい一年になりますことを、

お祈りいたしております。

 

本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

 

そして本日は、

年が明けてから思い出していたことを

書かせていただこうと存じます。

 

私は、お正月早々、子どもの頃にお世話になった、

「わたなべさん」というおじいちゃんのことを

思い出しておりました。

 

そのおじいちゃんのことは、

以前、当ブログで『「大事な人」について。』というタイトルで、

記事にさせていただいことがあります。

morimariko.hatenablog.jp

 

父と母が共働きであったため、

私は、ご近所にお住いの、わたなべさんというおじいちゃんに、

わが家に通ってきていただき、

私の幼稚園の送り迎えを中心に、お世話になっていました。

 

ある日、幼稚園で、保護者同伴の遠足があり、

梨狩りに行くことになりました。

 

やはり、私の場合は、

父も母も一緒に行くことはできませんでしたので、

その日、おじいちゃんが一緒に行ってくださいました。

 

いっぱい梨を獲った帰り、

おじいちゃんは、私のリュックにたくさんの梨を詰め込みました。

 

私は、とても重くて、重くて、

おそらく私は、「そんなに入れなくても……」と

子どもながらにため息をついたような記憶があります。

 

その日の夜、母に、

「おじいちゃんが、私のリュックにたくさん梨を入れるから、

重くって、重くって……」

と、困ったように、つらかったんだというように、話しました。

 

すると母は私に言いました。

「まりちゃん(←私のことです)に、

たくさん食べてほしかったんだね」と。

 

私は、母からそう言われて、ハッとしました。

「あの、梨の重さは、

おじいちゃんの、私に対する愛情の重さだったんだ」と。

 

「おじいちゃんは、私のリュックに、

愛情をたくさん詰め込んでくれたんだ」と。

 

あの遠足の帰り道、

私の背中に感じた梨の重さ。

 

今でも、私の背中に、

おじいちゃんの愛情を感じることができて、

私は、穏やかな気持ちで、

「今年もがんばろう!」

「絶対がんばれる!」

と思いました。

 

私に、

「今年も、おじいちゃんはまりちゃんを応援しているよ!」

という、おじいちゃんの声が届いたのでした。

 

実は、時期を同じくして、

友人がくれた言葉が私の力となって……

日頃から力づけてくれている友人なのですが、

改めて、深く、ありがたさを感じました。

 

そして私は、今、ここで思うのです。

 

私は、これまでに、たくさんの優しさをもらって生きてきた。

 

私は、これまでに、たくさんの愛情をもらって生きてきた。

 

私は、これまでに、たくさんの方々に見守られて生きてきた。

 

私がこれまでに出会った方々、

私に起きたこれまでの出来事、

私に届いた想い、言葉……

「すべて大事で必要なことだった」

 

そのすべてがあって、「今日の私」が在ることができた。

 

年が明けて、今、このような気持ちになり、

これまでのことを思うと、ありがたくて、

これからのことを思っても、ありがたくて、

この感謝の気持ちを行動で表したい……

そう思いながら、

今年最初の記事を書かせていただきました。

 

 

お読みいただきまして、どうもありがとうございました。

天皇陛下が「生前退位」のお気持ちを表明されたことから、思ったこと。

世の中

今年も、世の中に、たくさんの出来事があったと思います。

 

その中から一つを選んで、

私の、今年の締めくくりの記事にさせていただくことにしました。

 

そして、私が選ばせていただきましたのは、

天皇陛下が「生前退位」のお気持ちを表明されたこと、です。

 

(因みに私は、本日の記事で、「生前退位」についての憲法その他の法的な可・不可等について述べようということではありませんことを、先にお伝えさせていただきます。)

 

天皇陛下が「生前退位」のお気持ちを表明されたのは、

今年の夏、8月のことでしたね。

 

「次第に進む身体の衰えを考慮する時、これまでのように、全身全霊をもって象徴の務めを果たしていくことが、難しくなるのではないかと案じています」

というお気持ちに、

多くの方々が耳を傾けられたことと存じます。

 

私は、天皇陛下のお気持ち、そのお言葉から、

「誠実」であるがゆえの、

「謙虚さ」と「強い責任感」を感じました。

 

もし、「果たしたいと思っている」というだけでなく、

「責任」とは、「本当にそれを果たすことである」

と思う方であれば、

「果たせないかもしれない責任」に、

目を背けることができない、

と思うのではないかと思います。

 

もちろん、

果たしたいと思っていて、

果たせるようにがんばろう、

と思うのはいいことだと思います。

 

「全力を尽くせばそれでいい」

ということも、もちろんあると思っています。

 

ただ、自分一人の問題として済むものではないとき、

病気のこと、年齢のことなど、諸事情を考えたたうえで、

「果たせないかもしれない責任」に、

目を背けることができなかった天皇陛下のお姿に、

私は、「誠実さ」を深く感じました。

 

ご存知の方も多いとは存じますが、

今一度、日本国憲法第1条を読み返しますと、

天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であつて、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く。」

と謳われています。

 

日本国憲法が「象徴天皇制」を採用した経緯については、

今ここで触れることはいたしませんが、

いずれにしても、現在、「天皇は国・国民の象徴」であり、

だからこそ、「国民と共にあること」を大変重んじられた陛下は、

被災地に赴き、被災者の方々とお話をされるときは、

床に膝をつけて、目線の高さを同じくした、と聞きます。

 

「床に膝をつける」ということをなさったのは、

現在の天皇陛下が「初めて」、と聞きます。

 

「国民と共にあること」「国民の心に寄り添うこと」を

何よりも重んじた天皇陛下が、

「全身全霊をもって象徴の務めを果たしていくこと」を重んじ、

そして、国民に対して無責任なことはできないとお考えになり、

それが、「生前退位」のお気持ちを表明されたことへとつながっている

ということは、よくわかる気がいたします。

 

私は、この世の中、日本の中で、

つい、首をかしげてしまうこともあるのですが、

それでも、日本という国、そして、その国民の根底には、

もともと「誠実さ」「謙虚さ」、そして「強い責任感」のあることを

感じておりました。

 

ですので、天皇陛下「誠実」であるがゆえの、

「謙虚さ」と「強い責任感」のあるお姿を拝見した時、

天皇陛下が、まさしく、

「日本国の象徴」であり、「日本国民統合の象徴」である、

と強く感じました。

 

また、私は、これまでの人生の中で、

「法律が道徳の邪魔をする」と思ったことがあります。

 

あってはならないことだと思っております。

 

そして、「おからだを優先すること」を、

憲法や法律が邪魔することもあってはならない、

と思っております。

 

天皇陛下が「生前退位」のお気持ちを表明された時、

多くの国民が、

陛下のご意思の尊重を願われたことと存じます。

 

私は、「おからだを優先していただきたい」という国民の意思

また、日本という国を象徴するものだと思います。

 

日本に好感をもってくださる外国の方々も、

日本人の「誠実さ」「謙虚さ」「責任感の強さ」

そして、何より、

おからだを優先に考えるような「優しい国」

というところを見つめてくださっているのではないか、

と思います。

 

また、天皇陛下を支えられている皇后美智子様の、

陛下に寄り添う「思いやり」の気持ちに、

美しい日本の象徴を感じます。

 

私は、来年はもちろん、それ以降も、

いつまでも、日本という国とその民が、

そういうふうであり続けてほしいです。

 

私も日本人の一人として、

日本の象徴たる姿に思いをめぐらして、

新たな年を迎えて参りたいと存じております。

 

 

本年は、これにて、締めくくりとさせていただきます。

 

当ブログへお越しくださいました皆様、

どうもありがとうございました。

 

私の日常の中に「ブログタイム」ができてから、

「和みの時間」「学びの時間」ができました。

 

それは、

ブログを通じて出会うことができました皆様のおかげで

もたらされたものでございます。

どうもありがとうございます。

 

新たな一年もまた、皆様とご縁が続きますことを、

心から願っております。

どうぞよろしくお願い申し上げます。

 

そして何よりも、

皆様の健やかな一年を願い、お祈りいたしております。