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世の中の観察日記

世の中を見て、思ったこと・考えたことを自由につづって参ります。このブログを読んでくださる方々と、「安心」を共有することを望んでいます。

千葉市内の精神科であった暴行事件について。

千葉市内の精神科の病院で、

看護師による、患者さんに対する暴行事件があったことを、

ニュースで知りました。

 

テレビで、その暴行の映像が流れていました。

 

映像を見ていて、「怖い」と感じました。

息苦しさも感じました。

これは「暴行」だと思いました。

 

最初、病院側は「看護師に暴行の認識はなかった」と

言っていたようですが、

現在、看護師は「暴行」を認めているようです。

しかし、発言は二転三転しているようです。

 

「暴行」は、それをする人が「そのつもりはない」ということで

暴行でなくなるわけではないと思います。

 

また、あの映像を見て、「暴行ではない」という認識をするとしたら、

自分があのようなことをされても、「怖くない」と言える、

ということになってしまうと思います。

 

テレビの中のどなたかが、

「少し、行き過ぎた行為」という表現をしていたのですが、

患者さんが、首の骨を折るほどの行為ですから、

「少し」とは、私はとても思えません。

 

しかし、その、テレビの中のどなたかが、

「少し、行き過ぎた行為」と表現したのは、

医療の現場では「やむを得ないものがある」

と思っての発言だったと思います。

おそらく、「頭ごなしに非難しないでほしい」

という願いがあったのだろうと思います。

 

私も、「頭ごなしの非難」はしたくありません。

 

しかし、あの映像を見て、

「暴行の認識はなかった」と言われてしまうと、

返す言葉を失うほどの、ショックがあります。

 

もし、本当に「暴行」という認識がなかったとしたら、

認識が「麻痺」しているのではないか、と疑ってしまいます。

 

しかし、それは、

業務が「過酷極まりない」場合に、

いつでも、起こり得ることなのかもしれない、

と思えなくもないです。

 

つまり、医療の現場に限らず、

人手不足で時間に追われ、

全身を使っての全力作業をし、

精神面での疲労が重なる場所などでは、

「行き過ぎた行為」が、「通常のこと」になってしまうという

認識の「麻痺」が起こる可能性は、いつもあるのではないか、

と思うのです。

非常に、危惧の念を抱いてしまいます。

 

特に、精神科のような場所では、

「人権」に対する強い意識があるように思いますが、

それは「患者さん」に対してはもちろん、

「職員の方々の人権」に対しても、

配慮がなされなければならないと思います。

 

職員の方々が、

業務上のことから圧迫のようなものを受けることで、

「行き過ぎた行為」が、「通常のこと」であるかのような、

歪んだ認識をしてしまい、

犯罪者となってしまうことのないように、

過酷な現場には、十分過ぎるほどの配慮が必要だと私は思います。

 

その、職員の方々へなされた配慮は、

職員の方々から、患者さんに対する配慮へつながっていく、

と私は思います。

 

あの映像の最後の、

二人の看護師が部屋を出て行ったあとの、

床に横たわる、残された患者さんの姿を見て、

私は、できることなら、彼をベッドのところに戻したかったです。

 

 

お読みくださいまして、ありがとうございました。