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世の中の観察日記

世の中を見て、思ったこと・考えたことを自由につづって参ります。このブログを読んでくださる方々と、「安心」を共有することを望んでいます。

私が、自分と他者を気にする理由。

仏教には、あらゆる物事は、

何かに「縁って起こる(よっておこる)」のであり、

原因なくして起こることはない、

独立して存在するものは何一つない、

という「縁起」の教えがあります。

 

ご存知の方もいらっしゃると思いますが、

私たちがふだん「縁起がいい」とか、「縁起が悪い」などというように

使う「縁起」と意味が違う、仏教の「縁起」を、

私は、通信制の大学で、仏教の科目を受講したときに知りました。

 

「縁起」について、『大乗仏教入門』(P71)によると、

縁起というのは、何か実体的なもの(項)が先にあって、それが他を拠りどころとしている(関係)ということではありません。自分自身によっては存在しえず、他者との関連のなかで初めてそのように(仮りに)有りえているあり方を縁起というのです。

と書いてありました。

 

また、「華厳経」で「法界縁起(ほっかいえんぎ)」というものが

説かれており、『華厳経』『楞伽経』(P29・30)によると、

……すべてのものは因縁によっておこるというわけです。なにも一つの絶対的な原因から何かがおこるのではなくて……因がおもな原因で、縁はそれを助ける原因なのだといわれていますが、そういうものが集まってこの偉大な世界がつくり出されているのです。それを実際に経験する範囲だけで理解するのではなく、真理の世界から見てみると、われわれが目に見えないところにおいても、なんらかのつながり、連鎖があるということがわかるわけです。これを法界縁起という……

と書いてありました。

 

「法界縁起」は、「縁って起こる」という中でも、

「つながり」を強めて説いているわけですね。

 

さらに、「華厳経」には、「インドラネット」というお話があります。

これについては、(「華厳経」の本ではないのですが、)

『真宗入門』(P21・22)に説明がありますので、

引用させていただくと、

インドラ神のネットは宇宙全体のあらゆる方向に無限に広がっています。ネットの各網の目の一つひとつに宝石がついているのです。

それぞれの宝石が独自の色や形をしており、また、表面の光り具合もいろいろなのです。同じものは一つもないのです。それぞれの宝石は、ネットについている他のすべての宝石の光によって照らし輝かされ(一切即一)、同時に、そのそれぞれの宝石は他のすべての宝石をも照らし輝かせている(一即一切)。異なる独自性を持った宝石は、他のすべての宝石とネットの上で相互につながり、互いに互いを照らし合い、そして映し合っているのです。

このインドラ神の宝石のネットのように、私たちは皆、縁起というネットの上で光り輝いているのです。したがって、私たちは、他の人間や生き物そして無機物を照らし、また照らされることによって、より輝くのです。

と書いてありました。

 

この、「縁起」、「法界縁起」、そして「インドラネット」について

知ったときから、

「私は、私だけでは、できていない」ことを

心に留めるようになりました。

 

つまり、世の中のすべての影響を受けて、「私」になっている、

という自覚を、私はしたわけです。

 

ですから、私は、他者が、周囲が、環境が……気になるのです。

 

「真理の世界から見てみると、われわれが目に見えないところにおいても、なんらかのつながり」があるという、

「法界縁起」の教えから、

「ありがたいことは、かげにある」という気が私はしてきます。

だから、「おかげさまで、ありがとう」というのだろうと思います。

 

また、人は、「互いに互いを照らし合い……」という

インドラネットのお話からは、

人と人が、「助け合っている様子」が思い浮かびます。

 

しかし、私は、よいことばかりではないと思っています。

「ありがたくないことが、かげにあることもある」と思っています。

また、現実社会で、「助け合えない人がいる」ことも知っています。

 

もちろん、仏教も、これは「よいことだ」として、

「縁起」を説いているわけではなく、

善し悪しに関係なく、「縁って起こる」ことや「つながり」について、

説いているのだと思います。

 

ですから、私は、いろいろと、

気をつけなければならないことがあると思うのです。

 

私は、自分以外の人や、ある出来事に、

知らない間に影響を受けてしまうかもしれないような人間です。

 

だから、悪い人や、よくない出来事を放っておいて、

自分に影響が出てしまわないように、

気をつけなければならない、と思うのです。

 

また、逆に、自分が悪い人になり、よくない出来事をつくり出して、

他者に影響を及ぼしたら、申し訳ないですから、

気をつけなければならない、と思うのです。

 

もちろん、私は、人に、やさしくされ、励まされ、

自分では手に負えない事柄に、

一緒に取り組んでくれた人がいたからこそ、

今の私が、生きて、ここにいると思っています。

 

このように、人と、影響を及ぼし合うことに実感がある私には、

「縁起」も「インドラネット」も、納得のいく話でした。

 

それで、私は、自分を、他者を、

毎日、気にして生きています。

 

 

お読みくださいまして、ありがとうございました。

 

引用文献

・『大乗仏教入門』竹村牧男 佼成出版社

 大乗仏教入門

・『華厳経』『楞伽経』中村元 東京書籍

 『華厳経』『楞伽経』 (現代語訳大乗仏典)

・『真宗入門』ケネス・タナカ (訳:島津恵正) 法蔵館

 真宗入門