読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

世の中の観察日記

世の中を見て、思ったこと・考えたことを自由につづって参ります。このブログを読んでくださる方々と、「安心」を共有することを望んでいます。

「前進すること」について。

心・考え方

東京五輪に関して、新国立競技場の建設費やエンブレムの問題が

起きていますね。

 

 「TOKYO 2020」。

 

 決まった時の、あの盛り上がりが懐かしくなってきます。

 

出場するであろうアスリートの皆さんのことを思うと、

もう、これ以上、問題が起きませんようにと願うばかりです。

 

私は、五輪に限らず、ふだんから、

アスリートの皆さんのご活躍を拝見するのが好きですが、

選手の方々の、競技や試合以外のところに注目するのも、好きです。

 

フィギュアスケート浅田真央選手が、復帰会見を行ってから

数カ月経っていますが、印象的だったのは、

「試合が恋しくなった」

とおっしゃっていたところです。

 

私は、「浅田真央選手は、本物のアスリートだ」

としみじみ思いました。

 

ソチ五輪では、ショートプログラムでの失敗を、翌日のフリーで、

完璧に乗り越えた浅田真央選手に感動の嵐が起こりました。

 

もし、このまま引退しても、

私たちに、「感動」は残ったと思います。

 

しかし、彼女は、

「試合が恋しくなった」と、戻っていらっしゃいました。

 

私は、彼女が今後どのような演技をしても、

永遠に「有終の美」が付いて回る、という気がいたしました。

 

他のスポーツでも、一度引退した選手が復帰することがある

と思います。

 

「復帰する」というのは、

復帰を望む声があって、それに応えたくなったのかもしれませんし、

「自分はまだ、やれるのではないか」

「自分はまだ、やり尽くしてはいないのではないか」

という自分への挑戦なのかもしれません。

 

ただ、はたから見れば、「未練がましい」ととらえられることも

あると思います。

 

それでも「復帰する」「戻る」を決断するのは、

彼ら・彼女らにとって、

「戻ることで、前進するんだ」

という思いがあるからではないか、と私は思います。

 

私は、人の評価を気にすることも、気にしないこともあります。

 

ただ、気にするべき評価を気にせずに、

気にしなくてもいい評価を気にすることを、

してしまうこともあります。

 

また、「声」となって、聞こえてきた評価に気を取られ、

「声」になっていない評価があるかもしれないことを、

つい、忘れてしまうところもあります。

 

私は、人からの評価は、

気にする必要があるときもあれば、ないときもある、と思っています。

 

この世の中にいるのは、人と人と人……ですから、

自分が人からどう思われているのか、気になって当然でしょうし、

独りよがりの評価を避けるためには、気にするほうがよいこともある

と思います。

 

何を気にして、何を気にしないか、の判断は難しいこともありますが、

「いざという時、自分を助けてくれない人の目を気にするな」

と、私は聞いたことがあります。

 

また、私は、自分でよく考え、他人の意見もよく聴いて、

その上で、自分が自分にする評価を重要視するのがいいのではないか、

と思っています。

 

自分の立っているところから、道がいくつも分かれているとき、

どの道にすすむか迷うことがありますが、

よく考えて選んだ道は、その人にとって「正解」なのだ、

と私は思います。

 

もちろん、直感で選んだ道が「正解」ということもあると思います。

 

一見、遠回りに見える道が、

実は、その人にとって、「一番の近道だった」

ということもあると思います。

 

もし、一度した失敗した道を、もう一度来てしまって、

「今度こそ、失敗しないぞ」と、「強く」思えるなら、

繰り返した失敗も、「後退」ではなかったことになると思います。

 

結局、人は「後ろには進まない」と私は思っています。

 

アスリートの方々の中に、

復帰を断念する選手もいらっしゃいますが、

過去をそこに置いて、次へ向かうのだから、

これも、もちろん、「前進」であると私は思います。

 

本物のアスリートの方々は、

「復帰する」「戻る」「断念する」は、「前進する」の仲間である、

ということを、私たちに教えてくださっていると思います。

 

「復帰する」「戻る」「断念する」を、「前進する」の仲間にできた

という確認は、「前進した地点」からできるものだと思いますので、

今はまだわからない、ということもあると思います。

 

しかし、人は「前にしか進んでいない」ので、

いつか必ずわかる、と私は思っています。

 

 

お読みくださいまして、どうもありがとうございました。