昨年の3月に埼玉県で起きた、少年が祖父母を殺害した事件について、
東京高裁は、1審の裁判員裁判の判決「懲役15年」を支持して、
被告側がした控訴を棄却する判決を、今日、言い渡しました。
要点を拾っての形になりますが、
事件を、背景から考えてみたいと思います。
少年は、母親に、育児放棄されていました。
小学校にも、途中から行けなくなりました。
母親は、水商売で、夜遅くの帰宅だったそうです。
しかし、1ヵ月くらい母親が帰らなかったこともあったそうです。
寂しそうしている少年のことを、ご近所の方が気づいていました。
母親は「気持ち悪い、近寄らないで」と
少年に罵声を浴びせていました。
しかし、それでも、少年が母親しか頼れなかったのは、
母親しか目に入らなかったからだと思います。
そして、サッカーの相手をしてくれた思い出もある母親です。
また、少年は、ただただ、じっとしていたわけではなく、
自ら生活保護の申請に、役所に出向いて、
生活する場所を手に入れていました。
(母親が生活保護を申請した、とも聞きましたが、
私がテレビで見たときは、少年が申請したというニュースでした。)
そして、少年は、フリースクールにも通い始めてがんばっていました。
しかし、母親が生活保護の不自由な生活に耐えられず、
勝手にその場所(部屋)を引き払ってしまったそうです。
フリースクールにも通えなくなり、母親と少年は、
世間では、「行方不明」ということになりました。
少年と、母親、そして、
母親とある男性との間に生まれた女の子(少年にとっての妹)の
3人での、公園での、野宿生活が始まりました。
そして、妹を育てていたのは、母親ではなく、少年でした。
少年は、親戚に借金をして回る生活を、母親から強いられます。
そのお金は、あるときは母親の遊ぶお金に、
また、あるときは母親と妹の靴代になったそうです。
母親は、「殺してでも借りてこい」と少年に言っていたそうです。
そして、少年は、母親と共謀して強盗をはたらき、
祖父母を殺害するに至ってしまった、ということです。
「懲役15年」というのは、事情を考慮して、求刑よりは減刑となった
もののようです。
しかし、少年のこれまでの人生と、
彼なりのできるかぎりの「努力」が、
どれほど理解されての判決だったのか……。
人を殺してはいけないのは当然ですが、
私は、この判決に、うなずくことができません。
祖父母は、このような生活をしていた、
「実の娘」である少年の母親と、「孫」である少年を
どのように思っていたのでしょうか。
公園での生活を、誰にも見られていなかった、ということは
考えにくいことだと私は思います。
「公園で、彼らを見かけた誰かが通報してくれていれば……」
と私は思ってしまいます。
もう、世の中は、
「人の子どもに、人の家庭に、口を出せない」とは言っていられない
ということだと思います。
たとえ、直接口を出せなくても、「通報」はできると思います。
家族であろうとなかろうと、
せめて、もう一歩、「立ち入ったこと」をしないと、
こういう悲劇はなくならない、という気がしてなりません。
少年に下された懲役15年の判決は、
社会が、一緒に背負わなければならないものだと、私は思いました。
お読みくださいまして、どうもありがとうございました。