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世の中の観察日記

世の中を見て、思ったこと・考えたことを自由につづって参ります。このブログを読んでくださる方々と、「安心」を共有することを望んでいます。

清原元プロ野球選手が覚醒剤取締法違反の容疑で逮捕されたことについて。

世の中

連日、清原和博プロ野球選手の逮捕が報じられています。

彼は、今月2日、自宅である東京都内のマンションで、

覚醒剤所持の現行犯で逮捕されました。

 

野球選手としてのすばらしさ、「野球が大好き」という彼を、

たくさんの方がご存知でいらっしゃると存じます。

 

私は野球が好きで、決して詳しいわけではありませんが、

現役時代の彼の活躍する姿を、テレビでよく拝見しておりました。

 

そのためか、ブログのタイトルにも、記事の中にも、

「清原容疑者」と書くことに躊躇があり、

「清原さん」でいいのではないか?

今でも「清原選手」と呼んでいいのではないか?

と考えていて、なかなか記事を書き始められずにおりました。

 

結局この記事では、ここから「清原さん」と呼ぶことにします。

 

テレビを見ていると、清原さんの友人・知人、ファン、一般の方々……

たくさんの方々が、清原さんの逮捕を「残念」、

とおっしゃっています。

 

清原さんには、「強い」「怖い」というイメージがあり、

「番長」と呼ばれて似合う貫禄がありました。

 

人は誰でも、強くあることを望んでいる気がいたします。

そして、清原さんもその一人であり、

また、周囲から、「強い」と思われているそのイメージを

「保たなければいけない」と思い込んで、

強くあり続けようとした人であったと思います。

 

しかし、情に厚くて、涙を流すこともよくあって、

「ありがとう」という言葉をよく口にしていた、

とも聞きます。

 

そのような清原さんが、なぜ、覚醒剤に手を出してしまったのか……。

私も、最初は「なぜ」と思ったのですが、

考えてみると、問うほど不思議なことではない気もいたしました。

 

弱い人だったから、寂しかったから……

確かにそうだったのだと思います。

 

野球人生から「引退」することは、

野球が大好きな清原さんにとって、

大変寂しいことであったと思います。

 

おそらく、清原さんは、引退後も、

何らかの形で野球に携わっていければいい、

というふうに考えることはできず、

気持ちの上では、

「引退」ができていなかったのではないか、

と思います。

 

現役時代に味わった、

あの「熱い感じ」が「自分だ」と思っていて、

あの「熱い感じ」がなければ自分ではない……

と、清原さんは思っていたような気がいたします。

 

しかし、現役の時のような「熱い感じ」が、

いっこうに味わえない引退後の生活の中で、

焦りを感じたり、イライラしたりしていたと思います。

 

また、離婚によって、子どもたちとも自由に会えなくなって、

寂しさは募るばかりだったようです。

 

しかし、だからといって、覚醒剤に手を出すことが

許されることはないはずです。

だから、「自業自得」と言われても仕方がないだろうと思います。

清原さんご自身も「自業自得」を自覚していると思います。

ただ、「自業自得」の自覚によって、

ますます寂しい気持ちになっているだろうとも思います。

 

清原さんの、これまでの寂しい、虚しい、つらい気持ちは、

ご自身のブログの中でつづられていたそうです。

(現在、清原さんのブログは閉鎖されているそうです)。

 

「寂しさ」「虚しさ」「イライラ」……

そういった感情に押しつぶされないために、

清原さんは、覚醒剤に頼ったのだろうと思います。

 

しかし、覚醒剤に頼ったということは、

そういった感情に押しつぶされた、ということだと思います。

 

清原さんは、「自分は本当は弱い」ということに

いつからか気づいていたようですが、

それでも、プライドが邪魔をして、

また、周囲の期待に応えたくて、

自分の心の弱さに、気付かない振りを

しなければならなかったのかもしれません。

 

しかし、「野球」という自分の強みを失ってから、

自分の弱さに気づかない振りも、隠すことも、

できなくなっていったのだと思います。

 

野球、野球、野球……で生きてきて、

野球に支えてもらって人生を歩んできたなら、

野球を失ったら崩れる、というのは、

当たり前のことだったのかもしれません。

 

清原さんには、愛するお子さんたちがいます。

だから、子どもたちを生きがいにして生きていけばいいと、

清原さんも、周囲も、思ったかもしれません。

私もそう思っているところがあるにはあります。

 

しかし、「野球をしていたときの、あの熱い自分」は、

愛するわが子たちと出会う前に、すでに存在していた自分なので、

そういうことでは完結できなかったのではないかと私は思います。

 

「野球をしていたときの、あの熱い自分」が「本当の自分」

だから、まず、そういう自分を取り戻すことが先決で、

それが解決してから、夫としての自分、父としての自分に目を向ける

という順番になってしまったのではないでしょうか……。

 

私は、「野球の代わりになるものなんてなかった」

ということでいいのだと思います。

 

「野球たる自分」を、人生の土台にして、

その上に、「新しい何か」を大事に乗せていく、

という人生を送ればいいのではないかと思います。

 

今回の、覚醒剤に手を出したという事実についても、

反省して、後悔して、「立ち直った」自分を、

「人生に足していく」ということを、

私は、清原さんにしてほしいです。

 

また、覚醒剤に手を出す人が「心が弱い人」であるとしても、

私は、清原さんを「心が弱い人」と断言しないでおこう、

と思っています。

なぜなら、「自分の弱さを認められる人は、強い人だ」

とも思っているからです。

 

ですので、

「強い人になって、覚醒剤には二度と手を出さない」

というよりも、

「自分の弱さを認めた自分は、本当は強い人」

だから、「覚醒剤には二度と手を出さないことができる」

と捉えて、まだまだ続く厳しい道のりを、

がんばっていってほしいと思います。

 

 

お読みくださいまして、どうもありがとうございました。