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世の中の観察日記

世の中を見て、思ったこと・考えたことを自由につづって参ります。このブログを読んでくださる方々と、「安心」を共有することを望んでいます。

「挑戦すること」について。

心・考え方

以前どこかで、どなたかが、

自分の力でできる範囲のことしかしないと、

自分はいつまでたっても成長しないのではないかと思う、

とおっしゃっていたのを聞いたことがあります。

 

私は、自分の力でできる範囲を超えて何かをすることで、

「自分がつぶれてしまう」ことがあってはならない、

と思っています。

 

ですので、基本的には、

「自分の力でできる範囲のことをすればいい」

と思っています。

 

しかし、そうすると、確かに、

自分の成長が止まってしまう気もいたします。

 

そこで、私は、

自分がつぶれてしまうことのないように、

それでいて、自分の成長も止めないように、

これらを両立させるにはどうしたらいいか、

と考えてみました。

 

考えてみましたら、

「両立させる」という考え方をする必要はない、

という考えに至りました。

 

私は、「挑戦しよう」という思いが込み上げてきた時は、

「もう、成長しているのだ」と思いました。

 

逆に、「成長したからこそ、挑戦したくなった」

とも言えると思います。

 

成長しているので、その「挑戦」自体は、

自分の力でできる範囲を「超えて」ということにはならず、

したがって、「自分がつぶれてしまう」という心配もいらない、

と私は思ったのです。

 

ですので、

「挑戦しよう」という思いが込み上げてきたなら、

「挑戦すること」自体は「していい時」を迎えている、

と私は思います。

 

もちろん、その挑戦を成功させるためには、

何らかの「準備」が必要な場合もあると思います。

そして、その「準備」に気を配れるのも、

成長しているからだと思います。

 

準備万端の挑戦は、「成功」しやすいと思います。

 

しかし、挑戦した結果、うまくいかなかった、

ということもあると思います。

 

ただ、失敗したとしても、

何か他のことで「得るものがあった」

ということになるのだと思います。

 

成長しているので、くじけないと思います。

くじけないところが「成長の証」になると思います。

 

さらに、「挑戦したいわけでもないのに、挑戦せざるを得ない」

などという場合もあるかもしれません。

その場合は、

自分がつぶれてしまうことのないようにするため、

できる限り、

誰かに応援・支援してもらうなどの環境づくりをして、

「挑戦してみよう」という自分づくりもして、

それから挑戦する、としたほうがいいと思います。

 

何かについて「挑戦するべきかどうか」と迷うことがあれば、

自分にそれが「できるかどうか」が気になるところですが、

一番気にするべきなのは、

自分が「挑戦しよう」と「思っているかどうか」

なのではないかと思います。

 

「挑戦しよう」と思っていないなら、

まだ、挑戦していい時を迎えていないように私は思います。

(現状維持でいいのではないかと思います。)

 

「挑戦しよう」という思いが込み上げてきているならば、

もう、成長している自分に自信をもって、

「挑戦していい」と私は思います。

 

 

本日も、お読みいただきまして、どうもありがとうございました。