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世の中の観察日記

世の中を見て、思ったこと・考えたことを自由につづって参ります。このブログを読んでくださる方々と、「安心」を共有することを望んでいます。

「生と死を尽くすこと」について。

仏教(関連) 心・考え方

本日は、私の好きなお経の一つである、

『修証義(しゅしょうぎ)』というお経から、

私が感じた、「生と死を尽くすこと」について、

述べさせていただこうと思います。

 

曹洞宗(そうとうしゅう)の開祖・道元(どうげん)禅師は、

仏教の真髄を説くために、

正法眼蔵(しょうぼうげんぞう)』という書を著したのですが、

この書から、言葉を選び抜いて、

要約したものが『修証義』である、と言われています。

 

そして、

その『修証義』の第1章の題が「総序(そうじょ)」、

となっていることから、

この「序文」に、

「総て(すべて)」に通ずる重要な事柄(総まとめ)

が書かれている、と言われています。

 

ここまでを、簡単に整理しますと、

正法眼蔵

  ↓要約

『修証義』

  ↓総まとめ

『修証義』第1章「総序」

という感じになります。

 

このように見ていくと、

曹洞宗で、「修証義 第1章 総序」は、

「最も重要な事柄」が書かれている箇所、

と言えると思います。

 

そしてこの箇所を、

私なりに、さらに絞り込み、

人が生きていくのに、決して外せない事柄を

「2つ」選んでみました。

 

その「2つ」は、

(第1章の)「最初」と「最後」に書いてあることで、

私なりの解釈を、述べさせていただこうと思います。

 

「最初」の箇所には、

「生と死について考えることは大事なことである。

生と死は、そのものが「さとり」である。

しかし、「生まれて、死ぬ」というその「さとり」は、

誰でも(たとえ放っておいても)経験するのであるから、

本来、わざわざ求める必要はないし、嫌う必要もない。

ただ、ひたすら、生と死を尽くせばいい。

ということが書かれていると、私は思いました。

 

そして「最後」の箇所には、

「人は、自ら悪をつくっているかもしれないのに、

それに気づかないでいることがある。

悪しき事が起きても、自分が原因だとは疑わない。

そうやって、自らを省みることを忘れて、

悪しき事から逃れられないでいる。」

ということが書かれていると思いました。

 

つまり、私は、

人が生きていくのに大事な事柄として、

「生と死を尽くすこと」と、

「自らを省みること」の「2つ」を、

「修証義 第1章 総序」から、

選んでみました。

 

「人は生まれた時から死に向かっている」

と聞きます。

 

人には、生まれて、生きて、死ぬまでの間に、

何度も「自らを省みる」場面があるのだと思いますが、

これは、「生まれた時から今までの自分」を振り返っている、

ということだと思います。

 

そして、振り返った後、

「前を向く」というのは、「死のほう向く」

ということだと思います。

 

決して、振り返ったままにならず、

決して、そこで終わらない。

 

時に、人から受け取った思いや言葉を考え、

時に、たった一人で考えてみて、

そこで得られたものを抱いて「前を向く」。

 

生まれてきて、自己を省みて、前を向く。

 

私は、「修証義 第1章 総序」から、

このような生き方が「生と死を尽くすこと」なのだと

教えていただいたと思っています。

 

 

※念のため、当記事でご紹介させていただいた該当箇所について、

 原文と現代語訳を載せさせていただきます。

(『お経の意味がわかる本』P80~83より)

第1章の「最初」の箇所

 [原文]

生(しょう)を明(あき)らめ、死を明らむるは、仏家一大事(ぶっけいちだいじ)の因縁(いんねん)なり、生死(しょうじ)の中に仏(ほとけ)あれば生死なし、但(ただ)生死即(すなわ)ち涅槃(ねはん)と心得て、生死として厭(いと)うべきもなく、涅槃として欣(ねご)うべきもなし、是時(このとき)初めて生死を離(はな)るる分(ぶん)あり、唯(ただ)一大事因縁と究尽(ぐうじん)すべし。

 [現代語訳]

生死という問題を徹底して明らかにすることこそ、仏教を修行する者にとってはもっとも大事な目的である。

生死そのものを仏(成仏、悟り)と見るならば、生とか死はないといっていい。生死を悟りであると心得れば、もはや生も死も厭うものではなく、悟りを得るものとして求めるべきものでもない。

そのとき初めて、生死の苦悩から解き放たれる。ひたすら一大事因縁と究(きわ)め尽くすべきなのである。」

 

第1章の「最後」の箇所

 [原文]

悪を造りながら悪に非(あら)ずと思い、悪の報(ほう)あるべからずと邪思惟(じゃしゆい)するに依(よ)りて悪の報を感得(かんとく)せざるには非ず。

 [現代語訳]

悪業を積み重ねながら、それを悪とも思わず、悪業の報いなどないという間違った考え方をしているので、悪業の報いからのがれることができないのである。

 

 

お読みいただきまして、どうもありがとうございました。

 

引用・参考文献

『お経の意味がよくわかる本』鈴木永城 河出書房

イラスト図解版 お経の意味がよくわかる本―素朴な疑問が氷解し、仏の世界が見えてくる

わが家の宗教を知るシリーズ

曹洞宗のお経』中野東禅(監修) 双葉社

曹洞宗のお経 (わが家の宗教を知るシリーズ)