世の中の観察日記

世の中を見て、思ったこと・考えたことを自由につづって参ります。このブログを読んでくださる方々と、「安心」を共有することを望んでいます。

「四門出遊(しもんしゅつゆう)」というお話から思うこと。

新年を迎えてから、

 もうすぐ2週間になるところでございますが……

 

あけましておめでとうございます。

 本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

 

「新しい年がはじまった」ことに因み、本日の記事では、

私が以前から、「出発」というイメージをもっていた

四門出遊(しもんしゅつゆう)」というお話を、

ご紹介させていただこうと思います。

 

四門出遊」は、仏教の開祖である「お釈迦様」が、

出家を決意した経緯を伝えるお話です。

 

ただ、細かいお話で恐縮ですが、

お話しのご紹介の前に、二つほど説明をさせてください。

 

一つは、「お釈迦様」という呼び名についてです。

「お釈迦様」というのは、

釈迦族」の出身なので「お釈迦様」と呼ばれているのですが、

そうしますと、「仏教の開祖であるお釈迦様」に限らず、

釈迦族の出身者は皆「お釈迦様」と呼んでもおかしくない、

ということになります。

ですので、

はっきりと「仏教の開祖であるお釈迦様」を言い表すには、

「釈迦」に、聖者を意味する「牟尼」や「世尊」という文字を付け、

釈迦牟尼世尊(しゃかむにせそん)」

(略して、「釈尊(しゃくそん)」)

と呼ぶほうがいいことになります。

 

但し、本日の記事では、「仏教の開祖であるお釈迦様」のことを、

そのまま「お釈迦様」と表記させていただきます。

 

そしてもう一つは、「ブッダ」という呼び方についてです。

「お釈迦様」は、「ブッダ」とも呼ばれますが、

ブッダ」とは本来、「真理に目覚めた人」という意味ですので、

「お釈迦様」が「ブッダ」と呼ばれるようになったのは、

真理に目覚めた後(さとりを開いた後)のことになります。

 

「お釈迦様」は、釈迦族の王国、カピラ城の王子として誕生し、

その時の名は「ゴータマ・シッダッタ」でした。

(「ガウタマ・シッダールタ」という表記もあります。)

 

それでは、「四門出遊」というお話を、

『もう一度学びたいブッダの教え』(P50.51)や

ブッダの教えがわかる本』(P24.25)を参考にしながら、

(私のほうで少々言葉を換えさせていただきながら、)

ご紹介させていただきます。 

 シッダッタは、宮殿で何の不自由もない暮らしをしていましたが、何の不自由もないことでかえって退屈をし、ある日、馬車に乗って散歩に出かけました。

 シッダッタがお城の東の門から出ていくと、今まで見たことのない、腰の曲がった人を見かけました。

 シッダッタが「あれは何だ?」と御者(ぎょしゃ)(=馬を扱う人)に尋ねると、「あれは老人です」と御者は答えました。

 御者はさらに「人として生をうけた者は、いつかあのような姿になります」とシッダッタに伝えました。

 すると、シッダッタは衝撃を受けて、城の中へ戻っていってしまいました。

 

 またある日、シッダッタは、今度は南の門から出ていきました。すると、今まで見たことのない、やせ衰えてうずくまる人を見かけました。

 シッダッタは「あれは何だ?」と御者に尋ねます。「あれは病人です」と御者は答えました。

 御者はさらに「人として生をうけた者は、あのような姿になることを避けることができません」とシッダッタに伝えました。

 シッダッタは再び衝撃を受けて、城の中へ戻っていってしまいました。

 

 さらに別のある日、シッダッタは再び散歩に出かけようと、今度は西の門から出ていきました。すると、多くの人が集まる中に横たわっている人がいました。

 シッダッタは「あれは何だ?」と御者に尋ねました。「あれは死人です」と御者は答えました。

 御者はさらに「人として生をうけた者は、いずれ、あのような姿になるのです」とシッダッタに伝えました。

 シッダッタは、やはり衝撃を受けて、城の中へ戻っていってしまいました。

 

 シッダッタは、「老人」「病人」「死人」を見て、これは、この自分も避けることができないことなのだと感じ、何とも言い表し難い不安に苛まれました。

 

 そして、またある日、シッダッタは馬車に乗って、今度は北の門から散歩に出かけました。すると、清々しい、神々しい人が立っていました。

 シッダッタは、今度は御者ではなく、その人自身に「あなたは何をしている人か」と尋ねました。するとその人は「出家修行者です」と答えました。

 シッダッタは、この出家修行者の凛とした姿に、自分の理想とする姿を感じ、感動を覚えながら、城に戻っていきました。

 

 シッダッタは、「人はなぜ生まれ、老いて、病んで、死んでいくのかを問わずにいられない苦しさ」、そして、「生まれてきた以上は決して避けることのできない老い、病、死、それに対する不安」、これらを克服するためには、「出家修行者になるしかない」と確信して、出家を決意し、準備を整え、29歳の時に出家しました。

これが、シッダッタ(さとりを開く前のお釈迦様)の、

出家を決した経緯を伝える「四門出遊」というお話です。

 

ここには、シッダッタの、

「悩んだ」→「(苦悩に)向かい合った」→「出家を決意した」

→「(そして本当に)出家した」

という様子までが描かれていますが、出家後のシッダッタは、

35歳の時に「ブッダ(真理に目覚めた人)」となって、

「人は、生まれてきた以上、老い、病、死を避けることができない」

という苦悩を克服しました。

 

人が避けることのできない四つの苦しみ、

「生まれること、老いること、病気になること、死ぬこと」は

生老病死(しょうろうびょうし)」と言われ、

「人間の最大の苦悩」とも言われています。

 

もし、これらが「人間の最大の苦悩」であり、

その克服が可能であるとすれば、

「日常生活の中で不本意に生じる小さな苦悩も、大きな苦悩も」

克服は可能なのだと私は思います。

ただ、ここで私が思っている「克服」というのは、

「もう悩まされることのない、自分なりの“納得”」

というようなものです。

 

また、克服するためには「出家しなければならないのか?」

ということについて、私なりの考えを述べさせてください。

 

「仏門に入るため、家を出る」ことを「出家」というわけですが、

これはそもそも、

「悩む心から抜け出るため、家を出る」ということと同じ、

だと思います。

 

長い間、毎日悩んでいたとしたら、悩んでいることに慣れてしまい、

悩んでいる状態が通常、ということになってしまうと思います。

ですので、この、

「“悩んで暮らすことに慣れてしまった心”という“家”を出る」

ことを「出家」と言ってもいいのではないか、

と私は考えてみました。

 

ですので、

本当に「家を出る」という「出家」もあれば、

「悩む心から出る」という「出家」もあり、

私は、実際に「家を出る」という「出家」をしなくても、

「悩む心から出る」という「出家」をすることで、

「悩みを克服することはできる」と考えています。

 

ただ、「出家」は一般に「家を出る」ことを指すと思いますので、

「悩む心から出る」ことは「出発」という表現でいいかなと、

思っています。

 

いずれにしても、苦悩の克服には、

まず、「出家・出発の決意」が必要のようですね。

 

また、「四門出遊」のお話の最後にありましたように、

「お釈迦様」は(決意をしてすぐにではなく)「準備を整え」てから、

出家されていますね。きっとこれも必要なのだと思います。

 

そして、29歳の時に出家し、35歳でさとりを開いたということは、

「お釈迦様」は、6年間さまよっていたことになりますね。

この6年間は、(ごくごく簡単な説明ではありますが、)

まず、瞑想の道を選びますが、やがて、その道を捨て、

次は、苦行の道を選びますが、やはり、その道を捨て、

再び、瞑想の道を選び、ついに、さとりを開く、

という内容でした。

 

私はここに、

「克服というものは、それほど簡単に手に入るものではないこと」や、

「あきらめない人にだけ、あきらめなかったからこその結果がある」

といったことを感じます。

そして何より、「人生を逃げないことの尊さ」を感じます。

 

新しい年がはじまり、

「悩む心から出る」という、克服のための「出発」をする方がいたり、

「新しいことにチャレンジする」という「出発」をされる方もいたり、

世の中のあちらこちらに、いろいろな「出発」があって、

たくさんの方が「出発」をなさっていることと思います。

 

「決意」をもとに、「出発」をされた方を想像するだけで、

しっかりと前を見つめるまなざし、凛としたお姿、

そして、第一歩を踏み出した途端にトーンが変わる景色、

漂う清々しい空気などが、伝わって参ります。

 

何となく、これから、

心弾むような「出発」をされる方がいらっしゃる気がしてきました。

 

そういう私も、記事を書かせていただきながら、

その気になってきました。(^^)

 

「新年」って、何だか、いいですね~!

 

 

お読みいただきまして、どうもありがとうございました。

 

引用文献

『もう一度学びたいブッダの教え』田上太秀 西東社

 もう一度学びたいブッダの教え

ブッダの教えがわかる本』服部祖承 大法輪閣

 ブッダの教えがわかる本―仏教を学ぶ

 

※私事で恐縮でございますが、

 本年の更新は「さらにゆっくり」になる予定でございます。

 次回の記事更新は「3月」を予定しております。

 もし、更新にお気づきいただけましたら、

 そして、皆様のご都合がよろしい時に、

 お読みいただけたら幸いに存じます。

禅語「一期一会(いちごいちえ)」。

※当記事は、本年最後の記事でございます。

 当ブログにお越しくださいました皆様、

 どうもありがとうございました。

 

現時点で本年を振り返りますと、

「一期一会」という言葉(禅語)が脳裏に浮かんで参りました。

それは今年、私自身がこれまで感じていた「一期一会」に、

新たな感覚が加わったからだと思います。

そこで、本年最後の記事として書かせていただくことにしました。

 

「一期一会」は、言葉も意味も、

多くの方がご存知でいらっしゃることと存じますが、

念のため、『明鏡国語辞典』で調べますと、

「生涯に一度だけ出会うこと」と書いてありました。

 

ご経験された「貴重な一期一会」を大切にされている方も、

多くいらっしゃることと存じます。

 

私は、これまで経験した「一期一会」に、

ステキな出会いであるからこその「切なさ」のようなものを

感じておりました。

 

例えば、私は以前、急いでいてタクシーに乗ろうとしました。

その時、その場所にタクシーは1台しかなかったのですが、

私の他にもう一人、タクシーに乗りたい方がいらっしゃいました。

 

その方は、私の急いでいる様子を見て、

「私は急いでおりませんので、どうぞ!」と

私に“まったく躊躇なく”タクシーを譲ってくださいました。

私は大変助かりました。

 

優しい方にお会いできましたが、一瞬の間にお別れです。

 

もちろん、お礼は申し上げました。

しかし、急いでいたためにお茶の1本もお返しできませんでした。

 

私にタクシーを譲ってくださったその方は、

ふだんから優しい方に違いないでしょうし、

きっとたくさん“いいこと”がある方だと思います。

 

ですが、もう二度とお会いすることがないであろうその方に、

何か“いいこと”を、 “私”がお返ししたかった!

でもできなかった……

 

このようなことが、(やむを得ないとは思うものの、)

私にとって“心残り”のようになってしまうことがありました。

 

これまで私が味わった「一期一会」は、このような、

「切なさを伴う一期一会」が多かったように思います。

 

そして、場面はガラリと変わりますが、

(これまでにも何度か申し上げたことがございますが、)

私は野球が好きで、今年も何度か野球観戦に出向きました。

 

応援するチームのユニフォームを着て、

盗塁の成功の度に歓声を上げ、

ホームランやタイムリーヒットが出れば、

今日初めてお会いした方々ともハイタッチ!

このような場面を、私はとても楽しく感じました。

 

そして今日、この席に座ったからこそ出会えた方々と、

試合が終われば“サヨナラ”です。

これを、これまでの私なら寂しく、切なく思ったと思うのですが、

ある時、“切なくならない”自分に気がつきました。

 

もし、二度とお会いすることがないのだとしても、

その出会いやその場面に“楽しかった!”しかないとき、

そこに「切なさ」が入り込む余地はなくなるのかもしれません。

私は、このような出会いを「楽しいだけの一期一会」

と呼ぶことにしました。

 

また、今年、「サントリードリームマッチ」という、

プロ野球のOBの方々が対戦する試合の観戦が抽選で当たり、

東京ドームへ行きました。

 

そして、外周を歩いていた時、

突然4,5人のグループが「おおお~!!!」と声を上げたので見ると

私の友人の友人が、彼らと(知り合いではないけれども)、

“当然”のようにハイタッチをして、通り過ぎました。

 

実はその日、私の友人の友人は、

ロッテのオリオンズ時代のユニフォームを着ていました。

「そんなユニフォーム持ってるなんてすごいな~!」

ということでハイタッチになったようです。

私は「仲間同士が出会えて歓喜した」という印象を受けました。

 

このような光景を目の当たりにするのが初めてだった私には、

何だかワクワク!するような出来事でした。

 

いつ出会うかわからないけれど、

出会う前から仲間であり、通り過ぎた後も仲間であり、

会えば当たり前のようにハイタッチをする仲間たちの出会いを、

私は「仲間同士の一期一会」と名づけたいと思いました。

 

今、当記事をお読みくださっている皆様と私は、

前世でお会いしたことがあったかもしれませんし、

来世でお会いすることもあるかもしれません。

また、現世でお会いできる方もお会いできない方もいると思います。

ただ、直接お会いできるか否かに関わらず、

一度でも何度でも関わり合いがあれば何かを感じ受けるのであり、

皆様との関わり合いは、私にとって貴重なものです。

 

また、一緒に暮らしている人やご近所の方、職場や学校が同じ人、

友人や知人と、当たり前のように、

これからもいくらでも会えるのだとしても、

過ぎゆく時の中で訪れているその一つひとつの場面は、

「生涯に一度だけ」の場面にほかならず、

一つひとつの場面や出会いが、やはり貴重なものに思えて参ります。

 

私は、「一期一会」は、本当に「一度」の場合もあるけれど、

「続き」があることもあって、

「生涯に一度だけ出会うこと」という表現で説かれているのは、

「出会い」「関わり合い」というものの「貴重さ」を伝えるため、

なのではないかと思います。 

 

これからも、私に「切なさを伴う一期一会」はあるだろうと思います。

しかし、「楽しいだけの一期一会」や「仲間同士の一期一会」を知り、

これからも私の知らない「何らかの感情を伴う一期一会」がある、

「自分を成長させる一期一会」などのようなものもきっとある、

と思って、これからの一期一会も楽しみにしています。

 

人は、人生の中で、

まったく初めてお会いする人や、

また会うことがあるかもしれない人、

そして、いつも当たり前のように会える人たちと、

「さまざまな種類の一期一会を積み重ねている」

のだと思います。

 

これからも続く人生の中で、皆様にも、私にも、

ますますの「貴重な一期一会」がありますことを

心より願っております。

 

そして、皆様のますますのご健勝をお祈りいたしております。

 

本年も皆様に楽しませていただきました。

学ばせていただきました。大変お世話になりました。

どうもありがとうございました。

 

※下の写真は、今年の夏、ナイターの帰り道に、

 ちょっと振り向いて撮ったZOZOマリンスタジアムです。

 この風景はなぜか私に、

 「私は今、帰り道にいるわけではないのかもしれない」

 と思わせて、私のお気に入りに加わった写真です。

 ここに載せておきたくなりました(^^)。

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来年も、ご縁がありますことを望み、楽しみにしております。

 

 

森 麻理子