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世の中の観察日記

世の中を見て、思ったこと・考えたことを自由につづって参ります。このブログを読んでくださる方々と、「安心」を共有することを望んでいます。

「幸せ」について。

心・考え方

人それぞれ、何を「幸せ」と思うかは、違うと思います。

 

「人の不幸は蜜の味」という人がいると思いますが、

その蜜で、「幸せ」になったような錯覚が起きるのかどうか

私にはわかりませんが、

本当の「幸せ」には至っていない、と私は思います。

 

それから、「人の不幸で、自分の幸せを確認する」

という人もいるようですが、

このとき、本当にしている確認は、

「人よりも、自分のほうが、まだ、マシかどうか」

ではないかと思います。

 

このような確認を、「幸せ」な人がするとは、

私には思えないです。

 

ただ、

「自分より大変な人ががんばっているんだ。

私は、これくらいのことで、くじけていてはダメだ。がんばろう」

ということなら、いいと思います。

 

しかし、「人よりも、自分のほうが、まだ、マシだった」ことから、

その人を見下して、ずっと下のほうに見ようとするならば、

本当は「マシだった」わけではない人だ、と私は思います。

 

さらに、時々、

自分のつかんだ「幸せ」を、他の人も欲しがっているもの、

と勘違いしている人がいます。

 

私は「幸せ」だと思っていますが、

「幸せ」を自慢しようとは思いません。

 

例えば、私は、日中にお布団を干して、

夜、太陽の香りがするお布団で眠るときに

「幸せ」を感じますが、

自慢しようとは、やはり、思わない……ですね。

 

人それぞれ、何を「幸せ」と思うかが違う以上、

私が思う「幸せ」を、

他の人が「いいな」、と思うとは限らないですし、

そもそも、「幸せ」は、自慢として用いるものではない、

と思います。

 

もちろん、自分が「幸せ」に思ったことを、

誰かも、同じように、「幸せ」に思うかもしれないから、

教えてあげよう、と思うのはいいと思います。

これは、自慢でも何でもないですから。

 

自分の胸の内で幸せ自慢をするのは、

一応、かまわないと思いますが、

「幸せ」は「誇る」より、

「実感する」のが一番いいと私は思います。

 

 

お読みくださいまして、ありがとうございました。