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世の中の観察日記

世の中を見て、思ったこと・考えたことを自由につづって参ります。このブログを読んでくださる方々と、「安心」を共有することを望んでいます。

「絶望すること」は「禁止」事項。

心・考え方 自殺の阻止

私は、以前『マーフィー博士の易占い 運命が不思議なほどわかる本』

という本の中で、

「「人間万事塞翁が馬」ということわざは、よいことがあっても有頂天にならず、悪いことがおきても絶望しないことが肝心であることを教えています。」」(P21)

と書いてあるのを読みました。

 

意味はわかるのですが、何かが気になるので、考えてみました。

  

一応、私にも、「有頂天になること」も、「絶望すること」も、

してしまうことがあるだろうから、

「いけないこと」として意識しておこうという考えはありました。

 

しかし、私は、

「有頂天になること」に関しては、「戒め」の意味で「いけない」

と思っており、

「絶望すること」に関しては、

「困難に負けてはいけない、がんばれ!」というような、

励ましの意味で、しては「いけない」と思っていたような気がします。

 

つまり、私は、

「絶望してはいけない」ということを、「戒め」の意味では

とらえていなかったわけです。

 

それは、「絶望」については、

私の、これまでの経験から、

自ら「絶望する」というよりは、

状況に「絶望させられる」という考えのほうが強くあったから

なのかもしれません。

 

そして、考えた末、

「絶望してはいけない」というのは、

「やめよう」などという緩いレベルのものではなく、

「戒め」というほど強いレベルで、

「いけない」ものとして、とらえるものだ

という結論に至りました。

 

ですので、私は、

「絶望してはいけない」というのは、

「困難に負けてはいけない、がんばれ!」

という励ましの意味もあるけれども、

「禁止」の意味もある、

と今はとらえています。

 

但し、絶望させられる「状況」に遭遇することがないとは、

今でも思っていないです。

 

ただ、たとえ、そういう状況に遭遇することがあっても、

自ら、「絶望」を認めることは「しない」、と思っています。

 

悲しいことがあっても、苦しいことがあっても、

私にとって「絶望すること」は「禁止」事項なのです。

 

因みに、私は、以前、

「状況に、絶望させられた」と思ったことがあったわけですが、

あのときの絶望感は、今でも覚えていて、

むしろ、忘れないようにしたいと思っています。

 

そして、あのときの絶望感は、

今の、私の、エネルギーの一つになっているような気がしています。

 

 

お読みくださいまして、ありがとうございました。

 

引用文献

『マーフィー博士の易占い 運命が不思議なほどわかる本』

著者:ジョセフ・マーフィー  編訳者:しまずこういち

発行:三笠書房

 マーフィー博士の易占い 運命が不思議なほどわかる本 (王様文庫)