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世の中の観察日記

世の中を見て、思ったこと・考えたことを自由につづって参ります。このブログを読んでくださる方々と、「安心」を共有することを望んでいます。

私は、猫を飼っていました。

私事

私は、二匹の猫を飼っていましたが、

先日から、猫を飼っている人ではなくなりました。

 

少し、遠回しな表現をしてしまいましたが、

この夏、一匹が亡くなり、

この秋、もう一匹が亡くなりました。

 

とても仲良しな二匹でしたので、

亡くなる時期まで足並みを揃え、

これから納骨ですが、

同日、一緒にお墓に入ることになりました。

 

十分に気持ちが落ち着いてから、ブログに書かせていただこう、

と思っていたのですが、

いろいろなことを思っている今書くほうがいいのかな、

と思い直しました。

 

ですので、本日は、けっこう思いつくまま、

述べさせていただこうと思っております。

 

とりあえず、二匹をご紹介させてください。

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上がオス猫で「マモル」、下がメス猫で「チィ」、という名前です。

二匹とも野良猫から、うちの猫になりました。

同じ柄をしていますが、きょうだいではないです。

 

マモルは15年5か月、チィはちょうど16年、生きました。

 

けっこうな高齢でしたし、よく、今日まで生きてくれたと、

感謝する気持ちは大きいのですが、

悲しいです。

 

猫を看取るのは、これがはじめてなわけではありませんでしたが、

悲しみに慣れはないものですよね。

 

チィもマモルも、亡くなる前に、

私に抱っこされようと、歩み寄ってきてくれたことを思い出します。

 

外から帰れば出迎えてくれる猫は、もういません。

 

テレビの前を、わざと通って邪魔する猫は、もういません。

 

それはいいけど、これはイヤだと、ごはんをわがままする猫は、

もういません。

 

雨の日も警らに出かけ、びしょ濡れで帰ってくる猫は、もういません。

 

口論になった家族を取り持つ猫は、もういません。

 

部屋に一人でいる私のところに、寄り添いに来る猫は、もういません。

 

日頃から、癒やしの存在として、抜群の力を持っていた猫を、

きちんと見送ることが感謝の意になる、と以前から思っておりました。

 

しかし、この度、見送ることで、

結局、また、私が癒やされ、救われるのだと思いました。

 

実は、体調が優れないマモルを病院に連れて行こうと思ったその日、

マモルの姿がありませんでした。

夜中の12時頃まで、母と1時間おきに家の周りを探しましたが、

とうとう見つからず……。

 

そして、翌朝、亡くなっていたマモルを、母がご近所で見つけました。

 

ショックではありましたが、見つかったことで、

どれほど救われたかわかりません。

 

最期の姿を見送る。

これほど、私の気持ちを救うものはない。

 

私は、死別より、行方不明のほうがキツイ。

そう思いました。

 

東日本大震災によって、

ご家族が行方不明となってしまった方が、

亡くなった家族の遺体を見るまでは納得がいかない、

死んだとは思えない、

と語っていたことを思い出しました。

 

また、そのような方々は、

「きちんと悲しむ」ということができないために、

気持ちが、次の段階へなかなか進めない、

ということも聞きました。

 

マモルが、たった一晩行方不明になっただけで、

自分の心をどのような状態にするのがいいのか

「よくわからない」

という気がしましたので、

何日も、何年も行方がわからないときの、

ただただ待つしかない方々の抱く心の痛みは、

計り知れません。

 

順番としては、

先に亡くなったのがチィのほうで、

後に亡くなったのがマモルなのですが、

チィに先立たれたマモルは、

ものすごくさびしい顔をするようになり、

食欲を落としていきました。

 

猫同士の何かがあるようで、

人間がいくら愛情をそそいでも、

埋められないものがある、という感じでした。

 

実は、チィが亡くなったとき、

私は、ちゃんとお腹がすいて、ちゃんと食事をしていました。

 

「よく、食べられるな」

と我ながら、思っていました。

 

「お腹がすく」。

だから、「何か食べる・食べたい」。

 

この食欲求は、単なる「煩悩」ではない、

と私は思いました。

 

私は、「お腹がすいてほしい」と望んだわけではありません。

本能でしょうか? わかりません。

勝手にお腹がすくのです。

 

しかし、だから、人は生きていけるし、

生きることになっているのだろう、

と思いました。

 

私は、今年の夏と秋と……

悲しい思いをすることになりましたが、

皆様のブログを拝見して、

ずいぶん気が紛れたり、心が和んだりして、

とても助かりました。

 

そして、こうして思いをつづることができる場所があることが、

とてもありがたいです。

 

私は以前から、猫も他の動物も好きで、

例えば、道でワンちゃんに会えば「かわいい」と思って、

触らせていただくことがありました。

 

ご近所のワンちゃんが、脱走(!?)して、

私の家の中まで入ってきたことがあるのですが、

その後、床に、猫よりも大きい足跡がくっきり残っていて、

「かわいい」と思いました。

 

しかし、なぜか、よくわかりませんが、

道端で、犬や猫に出会ったり、

皆様のブログで、動物たちの写真を拝見したりすると、

最近、「それはそれは、ものすごくかわいい!!!」

と思うのです。

以前よりも、はるかに、ものすごく……。

 

たぶん、「愛おしい」のだと思います。

 

どうやら私は、チィとマモルに、

「愛おしい命」とはどういうものか、

教えてもらったようです。

 

外出前には、写真に向かって手を振るでしょう。

「いってきます」と。

 

猫にあきれた顔をされないように、家族と口論はしないでしょう。

 

家の中に、外に、私の部屋に……

自由気ままな猫たちは、いつも好きな場所にいるでしょう。

 

足元に何か感ずれば、そこにいると思っています。

 

また、会えると思っています。

 

 

お読みくださいまして、どうもありがとうございました。