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世の中の観察日記

世の中を見て、思ったこと・考えたことを自由につづって参ります。このブログを読んでくださる方々と、「安心」を共有することを望んでいます。

「誰かと一緒の時間を楽しむこと」について。

以前、ユング派分析家であり、心理学者であるの河合隼雄先生の

『こころの処方箋』という本を読みました。

 

その中にある「一人でも二人、二人でも一人で生きるつもり」

という項は、人が「誰かと一緒の時間を楽しむこと」について、

とても大事なことが書かれている、と私は感じました。

 

その箇所を抜粋してここに掲載させていただこうと思います。

(私が特に気に留めた箇所を太字にしております)

  ……夫婦でも年をとってから相手が居てくれてよかったと思っている人と、「この相手さえいなかったら……」と思っている人とある。一人だったら好きなことができるのに、なまじ相手がいるので気を遣ってしまう。そして、二人で顔を合わすと何だかトゲトゲとしてきて、腹が立つようなことを言い合ってしまうのである。

 このような夫婦で、片方が亡くなられ、残された方はそれ以後、元気で楽しく……と思っていたら、その方も相ついで亡くなられるような例が割にある。「居ない方がいい」と思っている相手に、実のところは無意識に依存していることが大きかったのである。……お互いに文句を言いながら、実はよりかかり合い、支え合っているのである。だから、文句を言う相手が居なくなると、自分の方もガックリと参ってしまうのである(P153)。

 

 二人で生きている人は、一人でも生きられる強さを前提として、二人で生きてゆくことが必要である。無意識的よりかかりや、だきこみが強くなりすぎると、お互いの自由をあまりにも奪ってしまい、たまらなくなってくるのである。このことは別に依存が悪いと言っているのではない。人間は誰かにある程度依存しないと生きてゆけないし、依存したり、されたりするのも楽しみのひとつとも言える。問題は、まったく無意識的に一人立ちの力を失ってしまっているところにある。一人でも生きてゆける人間が二人で生き、お互いに助け合ってゆくところに楽しみが見出せるものなのである。

 同じようなことをしていても、自覚のあるなしによって結果は大分変わってくる。一人でも二人、二人でも一人で生きるつもりができているか、それをどの程度やっているかなどについて自ら知っていることが必要である(P155)。

 

この箇所は、

「一人立ちしている人は、一人でも、二人でも生きていける」

ということ、そして、

「誰かと一緒の時間を楽しむことができ、

その人と助け合いながら生きていけるのは、

お互いが一人立ちしているからなのだ」

ということを言っているのだと、私は解釈しました。

 

また、逆から言えば、

「一人立ちしていない人は、一人では生きていけない」

「誰かと一緒の時間を、本当は心から楽しんでおらず、

その人とうまく助け合いながら生きることもできていない」

ということになるだろうと思います。

 

 私は今年、飼っていた猫を亡くしてしまいましたが、

その頃、周囲の方から、

「また猫を飼わないのですか?」とか、

「猫をもらってもらえないですか?」

というお話をいただきました。

 

全く迷いがなかったとは言えませんが、

私は、新しく猫を飼おうとは思いませんでした。

 

それは、「新しく猫を飼うことで、自分の心をなぐさめる」

ということをしたくなかったからです。

 

もし、私が、亡くなった猫に対する気持ちを引きずりながら、

新しく猫を飼うことで、自分の心をなぐさめようとしたら、

私は、「一人立ちの力を失っている人」に該当すると思います。

 

もし、私が、新しく猫を飼うとしたら、

亡くなった猫に対する気持ちを引きずっていない、

「一人立ちしている私が飼う」というのでなければならない

と思います。

(もちろん、亡くなった猫を忘れるわけではありませんが。)

 

前の猫の代わりになる猫は、いないと思います。

 

もちろん、新しい猫の代わりになる猫も、いないと思います。

 

前の猫とも、新しい猫とも、

心から楽しい時間を過ごすためには、

「新しい猫は、前の猫の代わりではない」

ということを、私は、はっきりとわかっていなければならず、

はっきりとわかるようになるためには、

私が「一人立ち」していなければならない、

ということだと思います。

 

人が、人生の中で、誰かと一緒の時間を、

純粋に、本当に、心から楽しむことができるのは、

その人が「一人立ち」をしているからなのだろう、

と思います。

 

 

最後にもう一つ述べさせていただくと、

私は、現実的に、人は一人では生きていけない、

ということを承知しているつもりです。

 

ですので、「一人立ち」というのは、

誰かに支えてもらうこともあれば、誰かを支えることもある、

ということが組み込まれていると思っています。

 

つまり、

誰かに支えてもらった自分が「一人立ち」していき、

自分と他の人が一緒に支えた誰かが「一人立ち」していくこと、

そういう一人一人が、

共にこの世を生きていくことを「支え合う」という、

と思っています。

 

お読みくださいまして、どうもありがとうございました。

 

引用文献

『こころの処方箋』河合隼雄 新潮社

 こころの処方箋