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世の中の観察日記

世の中を見て、思ったこと・考えたことを自由につづって参ります。このブログを読んでくださる方々と、「安心」を共有することを望んでいます。

なくすのは、自分ではなくて、つらいことのほう。

「笑う門には福来る」と聞きますが、

信じている人も、疑っている人もいるのではないかと思います。

 

私は、信じています。

笑っていれば、きっと福は来る、と思っています。

 

しかし、長くつらいことから抜け出せないでいると、

疑いたくなる気持ちになることは、わかるつもりです。

 

かつて、私にも、つらいことがありました。

「がんばっても、がんばっても、がんばっても」

同じくらい、

「これでもか、これでもか、これでもか」

と、つらいことが追いかけて来る。

 

それでも、私が「笑う門には福来る」を信じたのは、

つらいことに負けたくなかったからという、

大して特別なことでもないような理由だったと思います。

 

しかし、つらいことに負けたくないから、という理由で

がんばっていられる人はいいけれど、

そうでない人もいる、と私は思っています。

 

実は、私も、その時はストレスで体調を崩しました。

今でも、ストレスには弱いだろうと思っています。

 

だから、誰かに「がんばれ」ということを、

軽々しい気持ちでは言わないようにしています。

 

ただ、「笑う門には福来る」というのは、

その時が訪れるところまでがんばるから「来る」、

ということなのだろうと思います。

 

私は、その時に追いかけられていた

つらいことから、抜け出せましたが、

やはり、そこには自分の「がんばり」があったと思います。

もちろん、応援してくれた人たちもいました。

 

しかし、誰にも相談できない、

誰も応援してくれないときには、

あまりのつらさに、この世から消えてしまいたい、

と思うこともあると思います。

 

ただ、自分か、つらいことか、

どちらがこの世から消えるべきかと言えば、

「つらいこと」のほうだと私は思います。

 

つらいことは、どうしても起きてしまうものだと思いますが、

しかし、つらいことがなくならないからといって、

なくなるべきでない「自分」のほうをなくすのは、

まちがっている、と私は思います。

 

世の中を見れば、歪んでいることがいっぱいあります。

 

その上、本来、なくなるべき「つらいこと」を残して、

本来、なくなるべきでない「自分」をなくす人が増えれば、

世の中は、ますます歪んでしまいます。

 

私は、世の中の歪み、直したいです。

これ以上の歪み、止めたいです。

 

これは、できるか、できないか、にとらわれず、

「福来るまで、いろいろがんばってみる」

ということだと思っています。

 

世の中の歪みを気にしていられないほど、

つらい思いをしている方もいらっしゃると思いますが、

どうか、世の中の歪み、気にしてください。

 

気にして、そして、どうか、

「自分は消えてなくなるべきではない。

つらいことのほうが、消えてなくなるべきなんだ」

と思ってください。

 

つらいことに、今、真っただ中の方、

私は、応援しています。

 

 

お読みくださいまして、ありがとうございました。