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世の中の観察日記

世の中を見て、思ったこと・考えたことを自由につづって参ります。このブログを読んでくださる方々と、「安心」を共有することを望んでいます。

私は「人が、人を変えることは、できる」と思っています。

心・考え方

「人は、変わるし、変われるけれども、

人が、人を変えることはできない」という表現を、

何度か耳にしたことがあります。よく本にも書いてあります。

 

また、「人を変えるのではなく、自分を変えるのだ」というのも

見聞きします。

 

もちろん、自分を省みると、人を変えるのではなく、

自分を変えるべきだった、ということはあると思います。

 

さらに、人に変わってほしいからこそ、自分も変わる、

ということもあると思います。

 

しかし、自分が変わっても、人が変わらないこともあるでしょう。

 

私は、例えば、まちがった考えをした人がいるならば、

自分が変わるか、人が変わるか、という観点ではなく、

その「まちがった考えをした人」が変わるべきで、

それは、自分かもしれないし、人かもしれない、

と思っています。

 

そして、まちがった考えをした人がいて、

そのまちがいに、本人が気づいていなかったり、

本人の力で正せない場合には、

他の人が「力を貸す」ことが必要になってくる場合がある、

と思っています。

 

これは、できるか否かにかかわらず、

「人が、人を変えようとすること」が必要な場合もある、

ということだと私は思っています。

 

世の中には、何を言っても、聞く耳がない人がいると思いますので、

そういう人を変えることは、至難の業ですし、

深入りしないほうがいいケースもあると思います。

 

ただ、難しさは付いて回ると思いますが、

人全般に対して、「人を変えることはできない」

というふうには、私は思っていないです。

 

例えば、刑務所や、少年院などの施設に、

人を導こうとする人がいて、「矯正教育」が行われるのは、

人が、人に対して、「変わってほしい」という願いがあって、

意図的に、よい影響を及ぼそうとしている、

ということだと私は思っています。

 

そして、本当に、人が変わっていくことがあるのは、

「人が、人を変えた」ということだと私は思います。

 

また、人が、自ら、自分を変えようというとき、

そこには「決心」があると思います。

 

この「決心」は、「その人にしかできない」ことだと思います。

 

しかし、この「決心」をするまでの、その人の心の動きは、

他から、何らかの影響を受けてのことだと思いますので、

その影響をなくして、その「決心」はなかっただろう、

と私は思います。

 

ですので、私は、本人が「変わる決心」を未だしていなくても、

その人が何らかの「影響を受けた」時点で、

もうすでに、「変化は起きた」と考えます。

 

粗暴な人が、人から心配されて、温和になったり、

怠惰な人が、紀律を教わって、勤勉な人になったり、

引っ込み思案な人が、人に誘われて、活発な人になったり……

こういったことがあるのは、

人が、人の影響を「自然と受けた」だけでなく、

その人に変わってほしくて、「はたらきかけた人がいた」から、

「その人は変わった」ということもある、

と私は思っています。

 

また、人を変えるより、自分が変わるほうが、

苦痛な状態からの脱出が早い、ということはあると思います。

とりあえず、脱出したほうがいい、ということもあると思います。

 

ですので、

私がよく耳にしてきた「人を変えることはできない」という言葉は、

なかなか変わらない人を変えようとして、

「苦しまないように」とか、

「深入りして、時間を無駄にしないように」などの、

やさしい、ねぎらいのメッセージなのではないかと思います。

 

さらに、「自分を変える」ということが、

「成長」につながることもあると思います。

 

ただ、まちがった考えをした人が、それを正せないでいるときに、

その人が、よい方向へ行くように「力を貸す」ことができるようになる

という「成長」もあると思います。

 

以前、まちがった考えをした人を、正そうとしている私の耳に、

「それは、その人の課題だ」

という言葉が入ってきたことがあります。

 

そういうことも、確かにあると思います。

しかし、その人と利害関係があるときは、

「それは、その人の課題だ」とは言っていられないこともある

と思います。

 

また、決して、すべての場面において、ではないですが、

まちがいを「まちがいだ」と指摘して、

その人が、自分を省みる機会になることもあると思えば、

それこそ、その人が課題に向き合えることになる、

と私は思います。

 

「人が、人を変えること」は、確かに難しいことでしょう。

しかし、私は、これからも、

その人に変わってほしくて、「はたらきかけた人がいた」から、

「その人が変わった」ということもある、

「人が、人を変えることは、できる」

と思い続けると思います。 

 

 

お読みくださいまして、ありがとうございました。