読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

世の中の観察日記

世の中を見て、思ったこと・考えたことを自由につづって参ります。このブログを読んでくださる方々と、「安心」を共有することを望んでいます。

「自分の目に頼ること」について。

日本人で、はじめてユング派精神分析家の資格を取得された 河合隼雄先生の『こころの処方箋』という本を、以前読みました。 その本の中に、 「灯を消す方がよく見えることがある」という項があり、 そこには、河合隼雄先生ご自身が、心の中に残り続けている…

「植物」と「人間」について。

私たち人間について、「何をもって人間というのか」は、 いつの時代も、よく考えられてきたテーマかもしれません。 私は、「人間論」という授業を受けたことがあります。 授業で使われたテキストは、一般にも売られている本で、 『人間学 その歴史と射程』と…

「孤独」について。

一人ひとりに身体がある以上、人は、孤独な生きものなのでしょうか。 私は、以前、あることで、一人意見が違って、 「私一人」対「他全員」という状況になったことがあります。 他の人と、少し違うことを思ったり、まったく違うことを思って、 それを口に出…

人は毎朝、「ブッダ」になる!?

「ブッダ」というと、一般的に、お釈迦様のことを指す、 と思います。 私も、仏教の授業を受けるまでは、そう思っていました。 それはそれで、特に、まちがってはいないのですが、 本当は、「ブッダ」というのは「目覚めた人」という意味だそうです。 つまり…

「一艘の小舟」のお話。

以前、仏教の授業を受けたときに、 先生が教えてくださったお話があります。 どこかにきちんと書いてないかと探してみたのですが、 どうしても見つからないので、私の記憶で、 「一艘の小舟」と題して、お話させていただきます。 「一艘の小舟」 むかし、あ…

「改めようとしない過ち」はしない。

論語の学而篇に、 「……過てば則ち改むるに憚ること勿れ」 (……あやまてば、すなわち、あらたむるに、はばかること、なかれ) という言葉があるそうですね (『わかる・使える はじめての論語』P30より)。 これは、「まちがったら、躊躇していないで、すぐに…

「怒ること」について。

「怒ること」は、からだによくないらしいですね。 しかし、からだによくないから、という理由だけで、 私は、「怒ること」をしなくなる私には、ならないと思います。 「怒りをコントロールする」とか、 「怒りたくなければ、怒らなければいい」とか、 あと、…

「責任」について。

人は「責任」を気にしていると思います。 時々、「私の責任じゃないからね」と念を押す人がいますが、 その人も、あとで責任追及をされないようにするために、 そう言っているのではないかと思いますので、 やはり、「責任」というものを気にしているのだと…

「修証義(しゅしょうぎ)」に出てくる、私のお気に入りの箇所。

「修証義」は、曹洞宗で親しまれているお経だそうです。 『お経がわかる本』によれば、 「修は修行、証は悟り、義は意義をあらわす」のだそうです。 また、曹洞宗の在家信者と僧侶のための、 「教化(きょうか)の標準書」にあたるそうで、 正しくは、 『曹…

「八つ当たり」が証明するもの。

「八つ当たり」というのは、 関係のない人に、迷惑をかける行為ですから、 人として、してはいけないことですよね。 何か、嫌なことがあっても、 自制しなければならないことだと思います。 しかし、自分が「八つ当たり」の対象になってしまうことは、 予感…

「許しの対象」について。

一般的に、「許し」は、「よいものとして、すすめられている」 というように、私は感じています。 しかし、許し難いことが起こったならば、 「許せない」と思って当然、と私は思っています。 頑なに、「許さない」とすることで、 損をすることもあるのかもし…

私の、「私の担当者」という考え方について。

私が、「自殺の阻止」を最大の目的として書いた、 『人生に関する私の見解』という本に、 私の、「私の担当者」という考え方について、 述べている箇所(P88・89)があります。 その箇所をここに掲載させていただきます。 「私の担当者」 気がついたときには…

「二河白道(にがびゃくどう)」というお話について。

仏教に出てくる「二河白道」というお話について、 今日は述べてみたいと思います。 『真宗入門』という本の中に、「二河白道」についての説明があります ので、抜粋して、引用します(P99・100)。 一人の孤独な旅人が、強盗の一団と野獣の群れに出くわしま…

「解釈」について。

私は、本に書いてあったことでも、誰かが言ったことでも、 どのように「解釈」するのかは、「曲解」でなければ、 基本的には、その人の自由だろうと思っています。 ただ、私は以前、 『よくわかるキリスト教』という本を読んだ中で、 自分の「解釈」が思い込…

人は、「神様の再計算」にはたらきかけているのだと思います。

「運命」は変えられるとも、変えられないとも聞きますが、 私は「運命は、変えられる」と思っています。 私は、いつ、どこで生まれたのかは、変えようがないことなので、 こういうのは、「宿命」というのだろうと思っていました。 そして、「宿命」を『広辞…

意見が一致しないなら、「保留」にするのがいいと思う。

仲がよい者同士なら、意見が一致することは、 よくあることだと思います。 たとえ、意見が一致しないことがあっても、 あまり問題にはならないかもしれません。 問題なのは、仲がよくない者同士の場合ですよね。 また、日常生活においては、家庭や職場など、…

「個別的自衛権」と「集団的自衛権」における、私の心境。

私は、個別的自衛権は「合憲」で、集団的自衛権は「違憲」 だと思っています。 一応、「違憲・合憲」をはっきりさせてみましたが、 心境は、シンプルなものではありません。 そこで、今日は、この問題に対する、私の(やや複雑?)な心境を 述べてみたいと思…

「口ぐせ」はありますか。

以前、『運命は「口ぐせ」で決まる』という本を読みました。 人は皆、口ぐせ通りに、自分の人生を歩んでいるそうです。 また、望んでいることを口に出して、 口ぐせにしてしまえば、 思い通りの人生が歩めるそうです。 口ぐせになるほど、人が思い込んだこと…

「苦」と「楽」について。

私は、これまでの人生に、苦しいことも、楽しいこともありました。 そして、苦しい時の真っ最中に、 「楽はいらないから、苦もなくしてくれ」 と思ったことがあります。 ただ、苦の状態から脱出して、 ようやく、その時のことを振り返ることができた時に、 …

私は「人が、人を変えることは、できる」と思っています。

「人は、変わるし、変われるけれども、 人が、人を変えることはできない」という表現を、 何度か耳にしたことがあります。よく本にも書いてあります。 また、「人を変えるのではなく、自分を変えるのだ」というのも 見聞きします。 もちろん、自分を省みると…

「人のせいにしてはいけない」ことについて。

よく「人のせいにしてはいけない」と聞きますが、 私は、この言葉を完全には受け入れていません。 何か、思わしくない事が起きたときに、 それが、自分のせいで起きたにもかかわらず、 他の誰かのせいにしようとする場合に、 「人のせいにしてはいけない」 …

私が、自分と他者を気にする理由。

仏教には、あらゆる物事は、 何かに「縁って起こる(よっておこる)」のであり、 原因なくして起こることはない、 独立して存在するものは何一つない、 という「縁起」の教えがあります。 ご存知の方もいらっしゃると思いますが、 私たちがふだん「縁起がい…

「絶望すること」は「禁止」事項。

私は、以前『マーフィー博士の易占い 運命が不思議なほどわかる本』 という本の中で、 「「人間万事塞翁が馬」ということわざは、よいことがあっても有頂天にならず、悪いことがおきても絶望しないことが肝心であることを教えています。」」(P21) と書いて…

「生きがい」について。

「これがあるから、私は生きていける」と思うこととか、 「これまで、生きてきてよかった」と思うこととか、 そういうことを、「生きがい」という、と私は思っています。 しかし、「これがあるから、私は生きていける」 と思っていたものを失ったとき、 生き…

「優越感」と「劣等感」について。

「優越感」も「劣等感」も、 人それぞれ、度合いは違うと思いますが、 多くの方々に心当たりのあるものではないかと思います。 『広辞苑』で、「優越感」を調べると、 「自分が他人よりすぐれていると思う快感」 と書いてありました。 同じく、『広辞苑』で…

「成功」まで、もう少し。

私には、慢性化した悩み事があります。 おそらく、それが原因で、 (一応、趣味の)「読書」を通じて、 生きていく上でのヒントのようなものを、 私は、ずっと探し続けているように思います。 ただ、特に、「人生の成功」という観点で本を選ぶことは、 ずっ…

「謙虚」について。

「謙虚」とは、へりくだること、控えめなこと、であると思います。 「謙虚」は、一般に、よいこととして理解されていると思います。 私も、「謙虚」であることは、よいことだと思っています。 しかし、現実社会の中での「謙虚」を見ると、 どうも、うまくい…

問題の解決や収束は、まず「覚悟」から。

問題を解決しようと思っても、解決しないことがあると思います。 例えば、仕事上のことで問題があり、 会社に改善を求めたいけれども、 辞めさせられてしまうおそれがあるから、 言えない、ということがあると思います。 そして、「言っていきたい。けれど、…

「幸せ」について。

人それぞれ、何を「幸せ」と思うかは、違うと思います。 「人の不幸は蜜の味」という人がいると思いますが、 その蜜で、「幸せ」になったような錯覚が起きるのかどうか 私にはわかりませんが、 本当の「幸せ」には至っていない、と私は思います。 それから、…

「時代」と「法律」について、考えてみました。

「時代に合わせて法を変える」という考え方をするからには、 「時代に合わせて法を変えてはいけない」という考え方も、 同時に、念頭に置かなければ、かたよった考えになりかねない、 と私は思います。 例えば、民法96条は「詐欺又は強迫」についての条文で…

「気にし過ぎ」のよいところ。

最近、「木を見て森を見ず」ということわざを発展させて、 「木も見て森も見る」と言っている方々を見かけます。 きっと、「細かいところも、全体も、両方見ましょう」 ということですよね。 私も、この考えに賛成です。 私は、いろいろなことが気になるタイ…

私は「生きる」と決めて生きています。

人は「生かされている」と聞きますが、 私は、「生きる」と決めて生きています。 もちろん、いつ、この世を去るかを、 自分で決められるとは思っていないですが、 寿命が尽きるまで「生きる決心」をして、生きています。 なぜ、わざわざ決心するのかと言えば…

「本心」を見つけよう。

「こころは、コロコロ変わるから、こころと言う」 と聞いたことがあります。 しかし、こだわってしまって、なかなか考え方を変えられない、 という人もいると思います。 きっと、心は、 「変わるところもあるし、こだわるところもある」 のだと思います。 そ…

「不機嫌」について。

この人は、朝はいつも不機嫌、という人がいます。 道を歩いているだけで、不機嫌そうな人に出会うことがあります。 人が不機嫌になる理由としては、 例えば、次のようなことが考えらえると思います。 今、お腹がすいている。 昨日、よく眠れなかった。 体調…

「知識」と「経験」は誰のものか。

「自分をよい方向へ導いてくれる友」のことを、 仏教では「善知識」というそうです。 「友」というと、私は、「友達」が一番先に脳裏に浮かびますが、 この他に、「仲間」とか、「同胞」とか、 もっと言えば、「親」とか、「先生」とかも あてはめて考えてい…

「悪口」と「愚痴」と「批判」について。

今日は、「悪口」と「愚痴」と「批判」のそれぞれの違いについて、 私の考えをはっきりさせてみようと思います。 先に、「悪口」と「愚痴」について考えます。 『広辞苑』で調べると、 「悪口」とは、「人を悪く言うこと、また、その言葉。」 「愚痴」とは、…

「自灯明・法灯明」で生きていく。

「自灯明・法灯明(じとうみょう・ほうとうみょう)」という、 仏教に出てくる言葉があります。 これは、お釈迦様がこの世を去る時に、 弟子のアーナンダさんに言った言葉だと言われています。 アーナンダさんは、お釈迦様がこの世からいなくなったら、 悩ん…

葛藤とどう向き合うか。

二つ以上の選択肢の前で立ち往生している状態、 これを「葛藤」という、と私は思っています。 この道を行くか、あの道を行くかを悩んで…… 身動きが取れない状態ですよね。 当然なことを言ってしまいますが、 葛藤から解放されるには、「選択する」しかない …

なくすのは、自分ではなくて、つらいことのほう。

「笑う門には福来る」と聞きますが、 信じている人も、疑っている人もいるのではないかと思います。 私は、信じています。 笑っていれば、きっと福は来る、と思っています。 しかし、長くつらいことから抜け出せないでいると、 疑いたくなる気持ちになること…

一人でも自殺者が出ないことを、祈っています。

昨年、「自殺の阻止」を最大の目的として、 『人生に関する私の見解』というエッセイを執筆しました。 12編のポエムも散りばめております。 紹介はいずれ、と思っていましたが、思うところあって 今日、一部を紹介させていただくことにしました。 というのは…

「都合がいいこと」について。

日常生活の中で、「都合がいい」という言葉を使ったり、耳にしたりすると思います。 例えば、18歳くらいになってから、 大人扱いをされたり、まだ子ども扱いをされたり、 周囲から、「都合のいい」解釈をされたことがある人も いると思います。 自らも、大人…

「伝えること」について。

皆さんがブログを始めたのは、 人に、自分の思いや考え、知っていることなどを 「伝えること」は「とても大事なこと・すてきなこと」 と思ったからではないかと思います。 もちろん、私もそうです。 例えば、誰かに自分の思いを伝えて、「共感」してもらえる…

「理不尽なこと」について。

私は、以前勤めていた職場で、 いい人の振りをしているけれど、言動が意地悪な上司(Aさん)に 我慢できず、 私やAさんの上司でもある人事担当者に、 そのことを相談したことがあります。 内容はかなり省略しますが、その人事担当者は、 「Aさんもプライ…

「信じること」について②。

昨日に引き続き、「信じること」について述べさせていだたきます。 私は、昨日、「信じる」とは、「この人にだまされても、後悔はしない」という思いのことだと述べました。 そして、今日、私が述べようと思うのは、 誰かを「信じる」か「信じない」かは、 …

「信じること」について①。

今日と明日は、「信じること」について述べてみたいと思っています。 私は、浄土真宗の開祖「親鸞聖人」が、 浄土宗の開祖「法然上人」に対して抱いた思いを知って、 「人が、人を信じる」というのは、このことだと確信しました。 ご存知の方もいらっしゃる…

「正しいこと」について。

私は以前、「正しいこと」とはどういうことなのだろうかと 考えていた時期がありました。 人に尋ねてみたり、本を読んでみたりして、 できれば、万人が納得するような答えがないか探してみたのですが、 結局、そのような答えは見つからず、 「正しいとはこれ…

「安心」について。

私が思う「安心」について、今日は述べてみたいと思います。 私の場合、心が安らかになるためには、 「本当のこと」は欠かせません。 世の中には、笑顔の人や、あたたかい言葉をかけてくれる人、 いつも味方でいてくれる人などもいて、安心を覚えます。 その…

ゴミ袋について、考えました。

以前、ある駅のホームに立っていたら、 反対側のホームで、ゴミをまき散らしながら歩いている人が いました。 こういう人を、何度か見かけたことがあるのですが、 こういう人たちは、とても手なれた感じで道にゴミを捨てていくので 常習者なのだろうと思いま…

「自分の命の肯定感」をどうしたらもてるのか。

私は、前回のブログで、 「虐待される子どもをなくすには、 虐待する人をなくす必要があり、 それには、虐待する人の「自分の命の肯定感」が必要 なのだろうと思いました。」 とつづりました。 そして、つづった後から今まで、 「自分の命の肯定感」をどうし…