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世の中の観察日記

世の中を見て、思ったこと・考えたことを自由につづって参ります。このブログを読んでくださる方々と、「安心」を共有することを望んでいます。

仏教(関連)

「つくべき縁」「離れるべき縁」について。

先月(3月)から今月にかけて、 卒業式、入学式・入社式などがある春の訪れとともに、 「別れ」と「出会い」という言葉を 何度か見聞きいたしておりました。 また、私の前回の記事では、 「仏教」や『歎異抄(たんにしょう)』に対する、 皆様の温かいまな…

私の、仏教が大好きな理由。

私は仏教徒ではありませんが、 仏教が大好きです。 仏教の教えの中で、 私が大変気に入っておりますのは、 「自灯明・法灯明(じとうみょう・ほうとうみょう)」 という教えです。 「自灯明・法灯明」は、 「自分をよりどころとし、正しい教えをよりどころと…

禅語「脚下照顧(きゃっかしょうこ)」。

「脚下照顧(きゃっかしょうこ)」という禅語があります。 『広辞苑』にも、「脚下を照顧せよ」と載っており、 その意味は、 「足もとに注意せよ。真理を外にではなく、自己自身の内に求めよ」 ということだと書いてありました。 また、『ブッダの教えがわか…

「非僧非俗(ひそうひぞく)」について。

本日は、浄土真宗の開祖・親鸞聖人が、 ご自分に向けておっしゃった言葉と言われている、 「非僧非俗(ひそうひぞく)」について、 述べさせていただこうと思います。 「非僧」は、「僧に非ず(そうにあらず)」=「僧ではない」、 「非俗」は、「俗に非ず(…

「到彼岸(とうひがん)」と「お布施」について。

今年は、本日(9月25日)が、彼岸明けでしたね。 お彼岸は、春分の日と秋分の日を中日として、 それぞれ7日間にわたり行われる日本独自の仏教行事、 ですよね。 ご先祖様を偲んだり、 いつも見守ってくださっていることへの感謝の気持ちを伝えたり、 おはぎ…

「生と死を尽くすこと」について。

本日は、私の好きなお経の一つである、 『修証義(しゅしょうぎ)』というお経から、 私が感じた、「生と死を尽くすこと」について、 述べさせていただこうと思います。 曹洞宗(そうとうしゅう)の開祖・道元(どうげん)禅師は、 仏教の真髄を説くために、…

禅語「和顔愛語(わげんあいご)」。

「和顔愛語(わげんあいご)」という禅語があります。 ご存知の方も多いと思いますし、 また、どういう内容か、文字からだいたい想像がつく、 という方もいらっしゃると思います。 おわかりの通り、「和顔愛語」は、 人に、「和顔……和やかな顔」で、 「愛語……

「対機説法(たいきせっぽう)」について。

今日は、 仏教の開祖・釈尊(しゃくそん)が行ったと言われている 「対機説法(たいきせっぽう)」という説法について、 私の考えを述べてみたいと思います。 『広辞苑』で調べると、「対機説法」とは、 「教えをきく人の能力・素質にふさわしく法を説くこと…

私は「他力も自力も必要」と思っています。

※本日は、長めの文章です(文字数は4000字程度です)。 皆様に、許すお時間があるときにお読みいただけたら幸いです。 今日は、「他力(たりき)」と「自力(じりき)」について、 私の考えを述べさせていただこうと思います。 『広辞苑』によると、 「他力…

禅語「柳は緑 花は紅 真面目」。

今日は、5月に入って4日目ですね。 5月というと、時候のあいさつの文に、 「深緑の候、……」などが使われると思います。 私は、「深緑」という言葉から、 「柳は緑 花は紅 真面目」 (やなぎはみどり はなはくれない しんめんもく) という禅語を思い出しまし…

私は、菩薩様が好きです。

今日は、私の、菩薩様に対する思いについて、 述べさせていただこうと思います。 「菩薩」を『広辞苑』で確認すると、 「さとりを求めて修行する人」と書いてありました。 この「さとりを求めて修行する人=菩薩」には二つの見方があり、 「さとりを開く前の…

禅語「閑古錐(かんこすい)」。

「閑古錐」という禅語があります。 『ほっこり、やさしい禅語入門』(P92)では、 閑古錐(かんこすい)とは、古びて先がまるくなり、使えなくなった錐(きり)のことです。切れ味の悪くなった錐は、道具としては役に立ちません。でも、長い年月を費やし、来…

「如来蔵思想(にょらいぞうしそう)」について。

本日は、仏教にある思想の一つ、「如来蔵思想」について、 私の考えを述べさせていただこうと思います。 (因みに、「如来蔵思想は仏教ではない」という説を耳にすることもありますが、私は「仏教の一思想」と捉えております。) 以前、私が通信制の大学で学…

「天上天下唯我独尊(てんじょうてんげゆいがどくそん)」の意味ついて。

少々、タイトルとは違うお話からさせていただきます。 以前、『命は誰のものか』という本を読みました。 この本には、ある問いが載っていました(P31,32)。 少々加工して、ご紹介させていただきます。 問一 いまこの病院には人工腎臓は二台しかなく、二人の…

禅語「挨拶(あいさつ)」。

今日は、「挨拶(あいさつ)」について述べてみたいと思います。 私たちが、日常の中で行っている「挨拶」は、 (ご存知の方もいらっしゃるかもしれませんが、) 仏教にルーツがあり、禅語でもあります。 「挨拶」は、本来、 禅僧である「師匠」が「弟子」に…

「人の器の中」について。

「心の大きい人」や「スケールの大きい人」などのことを よく、「器の大きい人」と表現すると思います。 「器」を、『広辞苑』で調べると、 「①物を入れおさめるもの。…… ②事を担当するに足る才能。器量。また、人物の大きさ。」 と書いてありました。 私は…

「苦しみと向き合うこと」について。

今年に入ってから、 『ドイツ人禅僧の心に響く仏教の金言100』 という本を読みました。 著者は、ドイツ人禅僧のネルケ無方さんという方で、 彼が影響を受けたという「100」の仏教に関する言葉が この本で紹介されています。 「第四章」は「困難を乗りきるた…

「月と花」に「等しさ」を感じて。

私の好きな禅語に、「掬水月在手 弄花香満衣」があります。 「水を掬すれば 月 手に在り(みずをきくすれば つき てにあり) 花を弄すれば 香 衣に満つ(はなをろうすれば か えにみつ)」 これは、 「水をすくえば手のなかに月が輝き、 花をつめば誰の服か…

「今を大事にすること」について。

「今を大事にすること」というのは、 私は、よく耳にする言葉です。 いいことだと思っています。 仏教好きな私は、仏教のお話を引き合いに出してしまいますが、 仏教の開祖・釈尊は、 「死後」について語ったことは非常に少なく、 いつも、「生きている今」…

不動明王様が私に教えてくれたこと。

お寺にお参りに行くと、 釈迦如来、阿弥陀仏、観音菩薩、地蔵菩薩、不動明王など、 いろいろな仏像や菩薩像などにお目にかかれることがあります。 私は菩薩様が好きですが、 実は、「不動明王様」のことも気になっています。 ほとんどの仏像に、穏やかな感じ…

海が大きい理由。

海は大きいですね。 海が大きい理由を、 わざわざ考えるということは、 私はしたことがありませんでした。 しかし、『修証義(しゅしょうぎ)』というお経の、 「第四章 発願利生(ほつがんりしょう)」という章の中に、 海が大きい理由を、見つけました。 …

禅語「日々是好日(にちにちこれこうにち)」。

「日々是好日」(または「日日是好日」)は、 喫茶店などで、墨の文字で書かれ、額に入り、 飾られているのを見かけることがあります。 ですので、ご存知の方も多いかもしれません。 また、「日々是好日」は、 「ひびこれこうじつ」という読み方もあると思い…

禅語「主人公」。

「主人公」という言葉は、禅語だそうです。 私は、『ほっこり、やさしい禅語入門』という本を手にするまで、 「主人公」が禅語だとは知りませんでした。 自分が自分の主人公となっていますか? 昔、中国のあるお坊さんは毎日、自分自身に向かって「主人公」…

「蛾」に、「自利利他」を教わる。

私は、以前、「蛾」という文字をみて、 「蛾は、どうして、虫に我なのかな」 「蛾は、相当自分の気持ちを押し通す、我の強い生き物なのかな」 と思ったことがあります。 一応、『漢字源』で調べてはみたものの、 私の疑問に答えるようなことは書かれていませ…

「キサーゴータミーと芥子(けし)の種」のお話。

命あるものに、必ず死は訪れるといいますが、 残された者にとって、この現実を受け止めることには、 どうしても長い時間が必要になることと存じます。 しかし、どれだけ時間が過ぎようとも、 どうしても受け止められない、という方もいらっしゃるのではない…

「宗教」について。

私は、仏教徒ではありませんが、 仏教の教えの多くに共感するものがあり、仏教好きです。 ただ、仏教好きになった最初のきっかけは、 僧侶が唱えるお経に「心が安らいだ」からでした。 そして、それは、 「仏教を勉強しよう」という気持ちにまで発展いたしま…

「中道(ちゅうどう)」について。

お釈迦様が初めて行った説法のうちの一つに、「中道」があります。 『ブッダの教えがわかる本』(P18.19)よると、 中道は、簡単にいえば極端を避けるということです。お釈迦さまは、出家されるまでは、皇太子として何不自由ない生活を送りました。これは一…

「喫茶去(きっさこ)のこころ」について。

私は、実は、(隠していたわけではないですが、) ITとか、Webとか、そういったものの知識に乏しく、 ブログも、けっこう、おどおどしながら始めました。 わからないことは、まだまだたくさんあるのですが、 今は、ブログに、(少し?)慣れてきたような気が…

「悪人正機(あくにんしょうき)」について。

私の好きな本の一つに、『歎異抄(たんにしょう)』があります。 『歎異抄』は、親鸞聖人の説いた教えが、世の中に、 異なって伝わってしまっていることを歎いた(なげいた)、 親鸞聖人の弟子・唯円(ゆいえん)が著したもので、 「東洋の聖書」とも言われ…

私が「懺悔文(さんげもん)」を唱える理由。

私が日々唱えているお経の一つに、「懺悔文(さんげもん)」が あります。 (因みに、「懺悔」は、キリスト教では「ざんげ」と読みますが、 仏教では「さんげ」と読みますので、念のため。) 「懺悔文」は、 「我昔所造諸悪業(がしゃくしょぞうしょあくごう…

「自分の目に頼ること」について。

日本人で、はじめてユング派精神分析家の資格を取得された 河合隼雄先生の『こころの処方箋』という本を、以前読みました。 その本の中に、 「灯を消す方がよく見えることがある」という項があり、 そこには、河合隼雄先生ご自身が、心の中に残り続けている…

人は毎朝、「ブッダ」になる!?

「ブッダ」というと、一般的に、お釈迦様のことを指す、 と思います。 私も、仏教の授業を受けるまでは、そう思っていました。 それはそれで、特に、まちがってはいないのですが、 本当は、「ブッダ」というのは「目覚めた人」という意味だそうです。 つまり…

「一艘の小舟」のお話。

以前、仏教の授業を受けたときに、 先生が教えてくださったお話があります。 どこかにきちんと書いてないかと探してみたのですが、 どうしても見つからないので、私の記憶で、 「一艘の小舟」と題して、お話させていただきます。 「一艘の小舟」 むかし、あ…

私にとっての「お経」について。

今日は(今日も?)、少し、私自身のことを書かせていただきます。 人のプライバシーに関わってくることなので、 具体的なことが書けないのですが、 私が生きてきた中で、一番苦しかった出来事が、 その昔、ありました。 あの頃は、四六時中「どうしよう、ど…

「修証義(しゅしょうぎ)」に出てくる、私のお気に入りの箇所。

「修証義」は、曹洞宗で親しまれているお経だそうです。 『お経がわかる本』によれば、 「修は修行、証は悟り、義は意義をあらわす」のだそうです。 また、曹洞宗の在家信者と僧侶のための、 「教化(きょうか)の標準書」にあたるそうで、 正しくは、 『曹…

「二河白道(にがびゃくどう)」というお話について。

仏教に出てくる「二河白道」というお話について、 今日は述べてみたいと思います。 『真宗入門』という本の中に、「二河白道」についての説明があります ので、抜粋して、引用します(P99・100)。 一人の孤独な旅人が、強盗の一団と野獣の群れに出くわしま…

「苦」と「楽」について。

私は、これまでの人生に、苦しいことも、楽しいこともありました。 そして、苦しい時の真っ最中に、 「楽はいらないから、苦もなくしてくれ」 と思ったことがあります。 ただ、苦の状態から脱出して、 ようやく、その時のことを振り返ることができた時に、 …

私が、自分と他者を気にする理由。

仏教には、あらゆる物事は、 何かに「縁って起こる(よっておこる)」のであり、 原因なくして起こることはない、 独立して存在するものは何一つない、 という「縁起」の教えがあります。 ご存知の方もいらっしゃると思いますが、 私たちがふだん「縁起がい…

「自灯明・法灯明」で生きていく。

「自灯明・法灯明(じとうみょう・ほうとうみょう)」という、 仏教に出てくる言葉があります。 これは、お釈迦様がこの世を去る時に、 弟子のアーナンダさんに言った言葉だと言われています。 アーナンダさんは、お釈迦様がこの世からいなくなったら、 悩ん…

「信じること」について①。

今日と明日は、「信じること」について述べてみたいと思っています。 私は、浄土真宗の開祖「親鸞聖人」が、 浄土宗の開祖「法然上人」に対して抱いた思いを知って、 「人が、人を信じる」というのは、このことだと確信しました。 ご存知の方もいらっしゃる…

私の好きな言葉は「施無畏(せむい)」です。

こんばんは。 今日は、私の好きな言葉「施無畏(せむい)」について お話させてください。 「施無畏」は、仏教に出てくる言葉で、 「安心の施し」というような意味です。 私は仏教徒ではありませんが、仏教の多くの考え方に 共感をしています。 実は、私は「…